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『馬は、匂いで相手を探ります。匂いを嗅がせると、馬を安心させられるのです』
昨夜の、暁斗の言葉を、昴は思い出していた。
(よし、やってみよう!)
そっと、昴は馬の鼻先に手を伸ばしてみた。
馬の鼻は、やはり湿っている。
だが、嫌な感じはしない。
「何だか、くすぐったいな」
ふんふんと、その大きな鼻の穴をひくひくさせて、馬は昴の匂いを嗅いだ。
「昴さまは良い香りですから、馬も喜びますよ」
「そのまま、鼻を撫でてやってください」
厩務員に、そう勧められるので、昴は思いきって馬の鼻を手のひらで撫でた。
「……柔らかい」
「そうでしょう!?」
「馬が、喜んでますよ」
嬉しそうな笑い声の中、昴は馬に触れ、感じていた。
柔らかい。
そして、温かい。
命のぬくもりが、確かにそこにあった。
「馬も、昴さまを気に入ったようです」
「そのまま、鼻筋を撫でてやってください」
一度触れると、気が大きくなるものだ。
昴は馬の鼻筋を撫で、額やその前髪、首と、厩務員の指示通りにどんどん触っていった。
首を優しくとんとん、と叩くと、馬が本当に喜んでいるように感じるので不思議だ。
昴は、夢中で馬と触れ合っていた。
だから、すぐ傍まで近づいてくる人影に、気づかなかった。
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