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第七章 失うことの怖さ
音も無く静かに、大きなキャリーバッグが、暁斗に向かってやって来る。
オートマチックで自走する、このバッグ。
リモコンは、ふくれっ面をした昴の手の中だ。
自分の前で止まったキャリーバッグを、暁斗は10メートルほど離れた昴の元へと戻す。
こちらは、人力で。
肩を落として、来た場所へ戻る暁斗の背後から、キャリーバッグが追いかけてくる。
もう何度、同じことを繰り返しただろう。
いいかげん暁斗が口を開こうとしたその時、昴の方から、これまた何度聞いたか知れない言葉を放ってきた。
「僕も行く! 旅行!」
「ですから、旅行ではございません。何度言ったら、お分かりになるのです?」
暁斗は明日から、研修へ行くことになっている。
今度は、長い研修だ。
前回は10日間程度だったが、今回は1ヶ月以上帰って来ないのだ。
「一ヶ月も一人で旅行なんて、ずるい!」
「研修、です」
「じゃあ、僕も一緒について行く!」
「執事の研修です。御主人である昴さまは、参加できません」
「そしたら。僕も一ヶ月お屋敷を留守にして、暁斗と同じ場所を旅行する!」
「……困らせないでください」
あまりに執拗な昴の言動に、暁斗はふと考えた。
(もしや昴さまは、気づいておられるのでは……?)
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