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 暁斗の荷物は、中型のキャリーバッグひとつだけ。  あとは、機内に持ち込むポーチのみだ。 「ずいぶん、身軽なんだね。僕のオートキャリー、貸してあげようか?」 「大丈夫ですよ。あれは、ご自分でお使いください」  暁斗は笑いながら、そう言った。  その笑顔は、相変わらず控えめだ。  だが、とても柔らかくなった。  近づきがたい、硬質な印象を持っていた彼の、大きな変化だ。  屋敷内では古川だけでなく、他にも親しい友人が増え始めていた。  そんな折、突然の海外留学だ。  せっかく友達になれたのに、との声も多く聞かれ、暁斗は昴と同じく胸を熱くした。 「人と関りを持ち、心を通わせるということは、こんなにも素晴らしかったのですね」 「暁斗の、人徳だよ」  先ほどの、暁斗の言葉を真似た昴の返事に、彼はまた笑った。 「いいえ。これは全部、昴さまのおかげです」  受け答えは、これまた昴の真似だ。  しかし、それは本心。  昴さまの愛が無ければ、私は相変わらずの『生真面目すぎる執事』だった。  そんな風に、暁斗は感じていた。

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