208 / 226
29
暁斗の荷物は、中型のキャリーバッグひとつだけ。
あとは、機内に持ち込むポーチのみだ。
「ずいぶん、身軽なんだね。僕のオートキャリー、貸してあげようか?」
「大丈夫ですよ。あれは、ご自分でお使いください」
暁斗は笑いながら、そう言った。
その笑顔は、相変わらず控えめだ。
だが、とても柔らかくなった。
近づきがたい、硬質な印象を持っていた彼の、大きな変化だ。
屋敷内では古川だけでなく、他にも親しい友人が増え始めていた。
そんな折、突然の海外留学だ。
せっかく友達になれたのに、との声も多く聞かれ、暁斗は昴と同じく胸を熱くした。
「人と関りを持ち、心を通わせるということは、こんなにも素晴らしかったのですね」
「暁斗の、人徳だよ」
先ほどの、暁斗の言葉を真似た昴の返事に、彼はまた笑った。
「いいえ。これは全部、昴さまのおかげです」
受け答えは、これまた昴の真似だ。
しかし、それは本心。
昴さまの愛が無ければ、私は相変わらずの『生真面目すぎる執事』だった。
そんな風に、暁斗は感じていた。
ともだちにシェアしよう!

