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運命の粗チンとマッチング!?

「こう」とマッチングしたあの日からあっという間に週末が訪れた。 「気合い入りすぎた、かな?」 あおいはソワソワしながら待ち合わせ場所に向かっていた。 街のショーウィンドーに自身の姿が映るたび、さりげなく身なりを整えてしまう。 柔らかい黒髪を緩くアップスタイルにまとめ、ゆったりとしたラベンダーピンクのシャツに白トップスを合わせた。ボトムスはグレーのテーパードパンツ。首元にはパープルカラーのスカーフをキュッと結び、アクセントを出した。 リラックスしたシルエットなのに、どこか品があって。ふわりと重ねた優しい色たちが、自然とあおいの中性的な雰囲気を引き立てていた。 あおいが浮かれるのもしょうがない。 今日、長年求めていた運命のダビデに出会えるかもしれないのだから。 あれから「こう」と何度かメッセージをやり取りした。 《プロフィールを見てDMしてみました。短小包茎なんですが本当に大丈夫ですか》 「こう」からの初めてのメッセージはストレートなものだった。 緊張とこちらを疑っているような様子がこの短い文章に滲み出ていた。 疑いたくなるのも無理はない。変なことを書いた自覚は、ある。 《DMありがとうございます。本当です!ちょっと大きいペニスの人って、怖くて……》 嘘じゃない。断じて。だってズル剥けグロいもん。 《そうだったんですね。ずっと悩んでたんですけど、あなたのプロフィールを見て、初めて救われた気持ちになりました》 (え、かわいい) 思わずスマホをぎゅっと握るあおい。 文章から滲む、こうの真面目さと少しの不器用さ。 きっと、長い間一人で悩んできたんだろう。 あおいは空気を変えるようにメッセージを送った。 《救われたなんて大げさですよ!こうさんって体鍛えてるんですよね?すごいなぁ。どんな感じか見てみたいなって……。ダメだったらごめんなさい!》 送信ボタンを押した瞬間、あおいはスマホをぎゅっと握りしめた。 (あーっ、無理なお願いしちゃったかも) あおいがひとり反省会していると数分後、ポロン、と通知音。 《こんな感じなんですがお眼鏡に叶うか不安です》 送られてきたのは、やや控えめな角度で撮られた腹筋の写真だった。 (……っ) 無駄のないラインに、うっすらと浮かぶ腹筋。 日々のトレーニングの積み重ねで確かに鍛えられた体がそこに写っていた。 「なんて理想な身体っ……!」 あおいは思わず叫んだ。 本人曰く、短小包茎。 そしてこの肉体美。 美しいアンバランス。 現時点で――合格だ。抱かれたい。今すぐ抱かれたい!! しかも、微妙にぎこちない写真の構図がまた愛おしい。 鏡の前で頑張って撮りました、って感じが全力で伝わってくる。 (かわいい) あおいの中で、彼への期待と好感度が一気に跳ね上がった。 自然な流れで、週末会う約束をすることになった。 《甘いもの好きって言ってましたよね?よかったら、おすすめのカフェがあるんです。一緒に行きませんか?》 《ぜひ》 即答に、あおいは小さくガッツポーズを作った。 本当ならホテルに直行したいところだけれども。 マッチングアプリでの出会いが初めてだという彼のことを考えて、ちゃんと段階を踏むことにした。 まるで本当のデートみたい。 「ねぇ、今度こそ、あなたみたいな人に会えるかな」 あおいはスマホ画面に囁きかけた。 画面の中のダビデ像が、きらりと光ったような気がした。 **** 待ち合わせ場所に着くと、すぐに目を引く人影があった。 ――モスグリーンのシャツ。ボトムはオフホワイト。 彼が教えてくれた、待ち合わせのサイン。 (あの人、かな?) あおいは足を止める。 少し離れた位置から見つめたその後ろ姿に、どこか引っかかるものを感じた。 背中のライン、立ち姿、首筋―― なんとなく、どこかで見たような気がする。 (気のせい?いや、でも……) あおいは胸のざわつきに気づかないふりをして、少し息を整えてから声をかけた。 「あの、こうさん……ですか?」 その瞬間、相手が振り返る。 振り返ったその顔を見た瞬間、 あおいの心臓が、一拍、強く跳ねた。 切れ長の目元。艶やかな黒髪。 堂島光貴――紛れもなく、あの人だった。 「……えっ」 「うそ」 一瞬、世界が止まったように見えた。 お互いの脳が現実を処理しきれず、固まる。 「こうさんって、堂島さんだったんです、ね?」 あおいがかろうじて絞り出した言葉に、 堂島の顔が、みるみる真っ赤になっていく。 そして―― 「ちょ、ちょっと、まって!」 言うが早いか、堂島は逃げ出すようにその場をくるりと背ける。 「ちょっと……堂島さんっ!」 呼吸は乱れ、心臓はバクバク鳴っている。 頭は混乱していた。だけどそれ以上に、身体が勝手に動いていた。 密かに憧れだった堂島さんが。 何かを投影したわけでもなく、“彼自身”を好きになった相手が―― 僕の理想のダビデだったなんて! 社内恋愛はしないって?
トラブルを避けたいって?
――そんなの、全部どうでもいい。 こんなチャンス、逃せるほど冷静じゃいられない。 「あの!とりあえず」 あおいは息を整え、有無を言わさぬ笑顔で微笑んだ。 「お茶しません?」 こう――いや、堂島光貴は、顔を真っ赤にしたまま、 少しだけ目をそらしながら、こくりとうなずいた。

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