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見つけてくれてありがとう
「ちょっと……結城さん」
「“あおい”でいいですよ」
「あおいさん?そんなに見られると、ちょっと脱ぎにくいんだけど……」
「そうですか?」
きょとんとした顔で首を傾げるあおいは、愛らしくてかわいい。
けれど今の光貴には、それを楽しむ余裕がないほど追い込まれていた。
カフェを出てあおいに手を引かれるまま向かったのは、まるでルネサンス期のローマを模したような内装のラブホテルだった。
壁には天使のレリーフ風のモールド装飾。柔らかな光を灯す間接照明は、天井の“星空”を煌めかせている。
部屋の中央に鎮座するラウンドベッドは、神殿の祭壇を模したかのように設えられ、四方を薄いレースの天蓋が囲んでいた。
まるで美術館のような空間は、あおいお気に入りの場所だという。
一瞬、異国に迷い込んだかのような錯覚を覚えるけれど、よく見るとところどころラブホテルらしくチープなつくりだ。
シャワーを終え、バスローブ姿で向き合ったふたり。
祭壇のようにどっしり配置されたベッドの前で、光貴は今、ローブを脱ぐように求められていた。
あおいの視線は、美術館の彫刻でも見ているみたいに真剣そのもの。
光貴はじっと見つめられ、まるで自分が鑑賞対象になったような錯覚に陥りそうだった。
「だから、脱ぎづらいってば……」
思わずぼやくと、あおいはくすっと笑った。
「そんなに恥ずかしいなら、僕が脱がせましょうか?」
ミネラルウォーターを手に、どこか楽しげなあおいに、光貴はヤケクソになる。
「本当に、期待外れでも知らないからね!」
そう吐き捨てるようにして、バスローブの紐を勢いよく解いた。
ローブが床に落ちる音が、部屋に響く。
「ほら、脱いだよ。これで満足?」
恥ずかしすぎて、目は合わせられない。
居場所を失った腕を後ろに組んで、視線を床に落とす。
そのとき――
ゴトン、と何かが床に落ちる音がした。
「あおいさん?」
音の方向に目をやると、床に転がったグラスと、カーペットに水を滲ませた影があった。
それはさっきまであおいが持っていたはずのものだった――手から、零れ落ちたのだ。
「……っ」
その傍で、あおいが両手で顔を覆い、崩れ落ちていた。
「ちょ……なに、どうしたの!?」
駆け寄る光貴に、あおいは震える声で呟いた。
「ご、ごめんなさい、あなたが……っ」
「……え?」
「理想すぎて……っ」
「……!」
呼吸に合わせて静かに浮き沈みする胸元。
石膏のように滑らかな胸筋には、影が差すたびくっきりと立体感が浮かび上がる。
腹部には、彫刻のような陰影をたたえた腹筋のライン。
――そして、その中心にある、慎ましく品のある性器。
雄々しさと神聖さが同居するようなバランスに、あおいの呼吸が止まりそうになる。
「こんな綺麗な身体、見たことなくて……っ。ずっと、探してたんです……」
しゃくりあげながら一生懸命この感動を光貴に伝える。
光貴にどうしても自身の素晴らしさをわかってほしかった。
「ほんとに、ほんとに、好きです……身体だけじゃなくて光貴さんの優しさもまなざしも……全部大好き……っ」
その言葉に、光貴はふっと息をついた。
今までの惨めな思い出は、全部この人に出会うためにあった――そう思えた。
「俺のほうこそ……こんな俺を、見つけてくれてありがとう」
そう言って、光貴はあおいの前に跪き、そっとその手を取った。
「……俺も、好きです」
素っ裸の光貴と、泣きじゃくるあおい。
傍から見たら、シュールで間抜けな構図。チープなラブホテルで告白大会なんてロマンチックのかけらもない。
けれど、2人だけの世界でそんなことは今、どうでもよかった。
ふたりは静かに、唇を重ねた。
そのキスは優しく、そして――とてもあたたかかった。
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