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第1話 たぶん、クールな先輩に惚れました
side 瀬川 樹(いつき)
瀬川 樹 、二十五歳。
イベント企画・制作会社に入って、三年目。
現場にも少しずつ慣れてきて、ようやく“余裕”ってやつが見えてきた気がする。
周りからは「爽やかだし、愛想いいね」なんて、よく言われる。
たしかに、笑ってることは多いし、人の話を聞くのも嫌いじゃない。相づちを打ったり話を引き出したり、自然とそういうふうに振る舞ってる。
大学時代の友人には、よく「犬っぽいよね」って言われた。「素直で人懐っこい」とか「放っておけない感じ」とか。
人の顔色を読むのが得意なのは、たぶん長男気質が影響してると思う。
小さい頃から空気を読んで、誰かのフォローばかりしてきた。それが癖になってるだけで、本当の意味で“器用”なわけじゃない。
でも、誰かが笑ってくれたり、「助かったよ」って言ってくれたりすると、それだけで報われた気がする。だから裏方の仕事も好きだ。
さて、そんな俺の部署に――新しい先輩が異動してきた。
柏木 澄人 、28歳。
第一印象は、正直に言えば「……なんかすごいの来たな」だった。
なんでかって、背は高いしモデルみたいにスタイル良いし、スーツもきっちり着こなしてる。
色白の肌に黒髪、それに顔もかなり整ってて、たぶん街を歩いてたらふつうに振り返られるタイプ。
漫画とかドラマに出てくる“クール系イケメン上司”、あれそのまんまだった。
しかもその外見に違わず、性格もクール。
愛想はほとんどなくて、最初の挨拶も最低限。
「あの、瀬川です。柏木さん、これからよろしくお願いします」
「……ああ、よろしく」
視線すら一瞬で、会話はそれだけ。
無駄なことはあんまり言わないし、表情もそんなに変わらない。
一見クールで近寄りがたいんだけど、言うことは的確で仕事も早い。
後で同期の三上に、こう言われた。
「樹ってさ、爽やかイケメン枠じゃん? クールイケメンの柏木さんと並んだら、マジで最強だな!」
知らないけど。というか、“爽やかイケメン”って言われても、どうリアクションすればいいかわからない。
柏木さんのことは、正直「絶対合わなそうだな」と思っていた。でも、一緒に仕事をしていくうちに少しずつ柏木さんのことが見えてきた。
この人、見た目とか態度の割に意外と優しいところがあるな、と。
たとえば、俺が資料の締切をミスって焦ってたとき、何も言わずにチェックしてくれてた。
「……次から気ぃつけろよ」
そう言いつつ、残業の後、ちょっと早めに帰してくれたりする。
しかも、たまに猫みたいな表情をする。
真剣に資料を見てるときの眉間の皺、コーヒーを飲むときの少し緩んだ口元、電話を取るときの微かな舌打ち。
不意に見せる横顔も、どこか無防備で色っぽい。
普段とのギャップがあまりにもあって――
気づいたら、目で追ってる自分がいた。
「樹、またボーっとしてるな」
三上にからかわれて、はっと我に返る。
「いや、別に」
「柏木さんのこと見てただろ。わかりやすいって」
そんなにわかりやすいかな。
でも、否定する気にもなれなかった。
***
先週の夜のことだった。
オフィスのフロアには、キーボードの打鍵音だけが響いていた。
時計を見ると、もう九時を回っている。
同僚たちはとっくに帰宅していて、フロアの電気も半分ほど消えていた。
「瀬川、まだ終わんねえか」
思わず顔を上げると、少し離れた席で柏木さんがパソコンの画面を見つめている。
スーツの上着は脱いでいて、ネクタイも少し緩んでいる。いつもの完璧な装いとは違う、どこかリラックスした雰囲気だった。
「えっ、柏木さん……帰ったと思ってました」
「お前がまだ残ってるからな。終わらねえなら、手伝ってやろうかと思って」
そう言いながら、机の上のコーヒーカップを手に取る。
もう冷めきっているだろうに、一口飲んで小さく舌打ちした。
「……柏木さんって、優しいんですね」
「ちげえよ。たまたま手が空いただけだ」
ぶっきらぼうに返されるけど、その言葉のあと、わずかに目を逸らすような仕草があって――
俺は思わず、ふっと笑ってしまった。
「じゃあ、"たまたま優しい"ってことで、感謝します」
「……素直に礼言っとけ」
小さくため息をつきながら、柏木さんは俺の書類をひょいと奪っていった。
「この部分、計算間違ってるな」
「あ、すみません」
「いい。俺がやっとく」
そう言って、柏木さんは俺の隣の椅子に座った。
近くで見ると、いつもより疲れているように見える。
でも、横顔は相変わらず整っていて、集中している表情はやっぱりどこか色っぽかった。
それからの数分、ふたりで無言の作業が続いた。
人の少ない夜のオフィスは、不思議なくらい静かで居心地がよかった。
「……あの、柏木さん」
「ん?」
「こういうの、なんかちょっといいですね。二人で残業っていうか」
「はあ。残業でテンション上がるとか……変なやつだな」
「えー、そこ褒めてくださいよ」
そんなやりとりのあと、柏木さんはふっと息をついて――
「……頑張ってんのは、知ってるよ」
その一言に、不意を突かれたように胸が跳ねた。
たったそれだけの言葉なのに。
きっと柏木さんには、深い意味なんてないのだろうけど――
俺はしばらく、モニターの文字が全然頭に入ってこなかった。
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