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第2話 ギャップって、反則じゃないですか
久しぶりに予定が何もない休日。
たまたま入った駅ビルの雑貨屋で、思わぬ人を見つけた。
……あれ、柏木さん?
人混みの中、シンプルな私服の柏木さんが、棚の前で真剣な顔して何か選んでた。
よく見たら、手に持ってるのは猫モチーフのミニクッション。
うわ、めっちゃかわいいの持ってるじゃん。
普段のクールな感じからは想像つかなくて、思わず足が止まった。
声をかけようかちょっと迷ってたら、そのまま柏木さんはクッションと、猫柄のマグカップを抱えてレジへ向かった。
そういうの好きなんだ、ギャップすご……。
こっそり見送ろうとしたのに、ふとした拍子にバッチリ目が合ってしまった。
「あ、柏木さん……!」
「……なんでいんだよ」
低めの声でぼそっと言いながら、柏木さんは猫グッズが入った袋を隠すように持ち直した。
「いや、俺が先にいたんですけど。てか柏木さんって猫グッズ好きなんすか?」
「……別に。なんとなく」
「へぇ。でもなんか、ギャップがいいですね」
ニヤニヤしながらそう言ったら、柏木さんはちょっとだけ目を逸らして、小さい声でボソッと。
「うるせ……誰にも言うなよ」
ぶっきらぼうな言い方なのに、なんかちょっと照れてるみたいで。その不器用さが、妙に可愛く見えたんだよな。
「大丈夫ですって。ちゃんと柏木さんの言いつけ、守りますよ」
「……ほんと、犬みてえなやつだな」
「え、それってつまり……俺、柏木さんの犬ですか?」
「残念だけど、俺は猫派なんだわ」
ふっと笑う柏木さんがかわいかった。
店を出たあと、なんとなく流れで一緒にフロアを歩く。
「昼、食ってないなら、なんか食って帰るか」
「えっ、いいんですか?」
「ああ。ちょうど腹減ってたし」
選んだのは、駅ビル上階の静かなカフェ。
窓際の席で、並んでメニューを見てると、柏木さんの指が俺の手に少しだけ触れた。
「……悪い」
「いえ、全然……」
たったそれだけのことなのに、やけに心臓がうるさかった。
柏木さんはそのまま、さも何事もなかったようにパスタの欄を見てるけど。
「俺、カフェとか来るの意外と久々なんで、緊張しますね」
「こういうとこ来なさそうだもんな。男だけだと浮くし」
「でも、なんか……柏木さんとなら、ちょっとアリかもです」
そう言ったら、ちょっとだけ視線をそらしながら苦笑してた。
そのとき。
柏木さんがグラスの水をひとくち飲んだあと、口元に残った水滴を指で拭った。
なんでもない動作なのに、その仕草が妙に丁寧で、妙に色っぽくて。
思わず見惚れてしまったのを誤魔化すように、慌てて目をそらす。
そのあとも、出てきた料理を無言で見つめたあと、ふっと息を吐いて「……うまそう」と呟いたり。
熱そうにして、ちょっとだけふーって冷ましたり。
……柏木さん、猫舌なのか?
普段のクールな柏木さんからは想像つかない、ほんの少しゆるんだ表情にいちいち反応してしまう。
だめだ、これ……完全に、好きじゃん。
完璧に見えるこの人の裏というか、本音の部分をもっと知りたい。
誰にも見せてないような甘えた顔とか、弱いところとか……できれば泣き顔だって見てみたい。
ていうか、俺だけに見せてくれたらいいのに、なんて思ってる自分がいて。
もちろんそんなこと誰にも言えるわけがないし、バレたらたぶん終わりだ。
……だから普通のフリして、平然とした顔して柏木さんの隣を歩く。
食後、カフェを出ると夕方の空が少しずつ橙色に染まり始めていた。
人込みも昼間より少し落ち着いている。
「今日は、なんか……ありがとうございました」
「別に。俺も暇だったし」
そう言いながら、柏木さんは猫グッズの袋を大事そうに抱えて歩いていた。
エスカレーターを降りながら何気なく振り返ると、柏木さんが俺の少し後ろを歩いていて。
その時、一瞬だけ俺を見つめてるような気がして、心臓がまた跳ねた。
「……なんだよ」
「え、あ、なんでもないです」
慌てて前を向くと、柏木さんの小さな笑い声が聞こえた。
駅の改札前で、お互いに違う方向の電車に乗ることになった。
「じゃあ、俺はこっちだから」
「はい。お疲れ様でした」
そう言って別れようとした時、柏木さんがちょっとだけ振り返って。
「……また今度な」
そう言って、柏木さんは人込みの中に消えていった。
一人になった俺は、まだ胸がドキドキしてるのを感じながら、電車を待っていた。
今日見せてもらった柏木さんの色んな表情が、頭の中でぐるぐる回ってる。
猫グッズを選んでる時の真剣な顔、バレた時の照れた様子、カフェでの少しゆるんだ表情……。
全部、俺だけが知ってる柏木さんの顔だ。
"……また、今度な"
その言葉を反芻しながら、俺は電車に揺られて家路についた。
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