3 / 64
第3話 秘密はまだ、胸の奥
「ただいま……」
玄関のドアを開けた瞬間、なんか部屋の空気が違う。
……っていうか、電気ついてる。
リビングに足を踏み入れると、ふわっといい香りが鼻をくすぐった。これはたぶん香水かな。
「おかえり、樹」
こいつは俺の双子の弟、|蓮《れん》。
金髪ということを除けば、雰囲気は俺とそっくりだ。
ソファに深く腰かけた蓮は、スマホから視線をこちらに移してニコッと笑った。
「……あれ? 蓮、なんでいるの?」
「なんでって、俺ん家でもあるんだけど」
さらっと返す蓮は黒いロンTにデニムっていうラフな格好。
蓮は夜の仕事──いわゆるホストだから、俺とは生活リズムが違う。
家賃や家事のことも分担できるというメリットがあるから同居してる。
「蓮、今日は休み?」
「ん。たまにはね。……ていうか、樹さあ、」
蓮は俺をじっと見て、ふっと目を細めた。
「なに、その顔。にやけすぎじゃない?」
「……べつに」
即答したけど、反論が雑すぎたのは自分でもわかってる。
「ふーん。何かいいことでもあった?」
「ちがうっつの……」
「嬉しそうな顔してんのに?」
その言い方がやけに含みありすぎて、思わず目を逸らした。
「……樹」
落ち着いた声で呼ばれてふと目を戻すと、蓮が少し笑ってた。
「好きな人ができたとか?」
「……はっ?」
「ちがう?」
「蓮には関係ないし。そんなんじゃねーよ」
「へぇ……」
ニヤリと笑うその顔は、いつもの余裕たっぷりなホストの蓮の顔。
「じゃあさ。“好きな人”って言葉に動揺したの、なんで?」
「……うるさいな」
俺は蓮の向かいのクッションに倒れ込む。
こういう時、相手が兄弟ってのはほんと厄介だ。何かを隠そうとしても、やたらと鋭い。
「まあ、ちょっと気になるってくらいだから」
そう言った俺に、蓮は口角を上げた。
「ふぅん? “ちょっと気になる”ってだけで、さっきみたいな顔になる?」
「……」
やばい、うっかり黙っちゃった。
「やっぱ図星?」
「っ、うるさいって」
「俺にバレてる時点で、大して隠せてないけどね」
「……蓮」
「なに?」
「ちょっと黙ってくれない?」
俺がクッションに顔を埋めたら、蓮は「可愛いなほんと」とか笑いながらポン、と頭を軽く叩いてきた。
「お前、恋したらわかりやすすぎるんだって。昔からそう。ちょっと好きな子できたら、すぐ無駄に機嫌よくなって、やたら丁寧に皿洗ったりさ」
「小学生の頃の話やめろ」
「で、その“気になる相手”ってさ……職場の人?」
「……まあ」
「可愛い系? 綺麗系?」
「見た目は綺麗。クールで、かわいい」
「ふうん……そんな子いるんだ。樹が惚れた相手となると、めっちゃ興味ある」
蓮の目は冗談っぽく細められてるけど、そういうときの目って、たぶん本気で探ってる。
ほんとに油断ならないやつだな、って思う。
「なに、じゃあ今日デートでもしてたの?」
「いや別に、何もないよ。たまたま街で会って。ちょっと話しただけ」
「へえ。でもマジで今のお前の顔、なんか違うんだよね」
蓮の声が、ほんの少し落ち着いたトーンになる。
「なにが違うんだよ……」
「軽く好きになった、って顔じゃない。本気っぽいなって思った」
俺は何も言えなかった。
図星すぎて、笑えないくらい。
「そうだ、俺が“会ったら困る人”だったら、先に言っとけよ?」
「……え?」
「俺ら、見た目ほぼ同じだからな? もし偶然会って、間違ってときめかせたら悪いし。あ、俺が奪っちゃうかもしんないし」
「は? お前マジで調子乗んな」
クッションを放り投げたら、蓮は片手で軽く受け止めて肩をすくめた。
「あはは、冗談だって」
「お前が言うと冗談に思えないんだよ」
……まったく。
昔からそういうとこ、あるんだよな。蓮は。
「樹が恋かぁ……」
蓮がスマホをテーブルに置いて、ソファに深くもたれかかった。
「なんか、懐かしいなぁ」
「何が懐かしいって?」
「俺が最初に恋したときも、樹がそんな顔してた」
「俺が?」
「そ。お前も気づいてたから」
蓮の表情が、ほんの少し遠い目になる。
「双子だからかな。お互いの変化って、やっぱ敏感なんだと思う」
蓮がそう言って、俺の頭をもう一度軽く叩いた。
「その人のこと、今度詳しく話してよ」
「え、なんで?」
「だって、俺の双子が好きになった人がどんな人か、やっぱ気になるじゃん」
「……めんどくさいな」
「そう言うなよ。もしかしたら、俺がいいアドバイスできるかもしれないし」
蓮は立ち上がって、キッチンの方へ歩いていく。
「今日のご飯、俺が作ったから」
「えっ、マジで?」
「ん、たまにはね」
そう言って、蓮は鼻歌を歌いながら料理の準備を始めた。
俺は再びクッションに体を預けて、今日の柏木さんのことを思い出していた。
もっと柏木さんのことが知りたい。
もっと一緒にいたい。
もっと……。
「樹、ご飯できたよ」
「あっ、うん」
蓮の声で現実に戻る。
「なに考えてたの?」
「べつに……」
「またその人のこと?」
「……うるさい」
俺が席に着くと、蓮は嬉しそうに料理を並べ始めた。
ともだちにシェアしよう!

