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病棟のルール
「甘いもの、いいですよね。私も大好きなんですよ。神木さんはどんなものが好きでしたか? ちなみに私はパフェが好きです」
「ぁ……パフェ……。プリンが、乗ってるの……好きです……」
「お、プリンが好きなんですか?」
「はい……昔、熱を出した時に、食べたのが……美味しかった気がします……」
ふっと心のなかに広がった小さな波紋。
風邪をひき熱を出した時、母が買ってきてくれたプリンが美味しかった。そして、『大丈夫?』と撫でてくれた手が、優しかった。
「っ、」
「……熱を出した時、お母さんや誰かが、買ってきてくれましたか?」
「ぁ……は、はい。頭、撫でて、くれて……や、優しい、のが、嬉しくて……」
「……そうですか」
彼はそう言って、そっと笑った。
「その感覚、覚えていてください。たとえ曖昧でも、いいんです。心が動く手がかりになります。今後、そうした記憶や感情の芽を丁寧に拾っていくことが、治療の第一歩です。ゆっくり進んでいきましょうね」
ただ、黙って頷く。
小さなうなずきだったが、その仕草に医師は安心したように目を細めた。
◇
話が一段落すると、診察室にむかえにきた男性看護師により、これから生活する部屋に案内された。
その部屋は思っていたよりも広く、個室だった。
プライバシーには特に配慮しなければならない病気のようで、部屋に入るのにもカードキーが必要らしい。
「この病棟──第七精神温感センターについてのルールが記載されている案内用紙です。一度目を通していただいて、ご不明点があれば遠慮なく聞いてくださいね」
「ぁ……は、はい……」
渡された案内用紙には、五つのルールが書かれていた。
一、治療は担当医、もしくは担当看護師によってのみ実施されます。
二、患者同士の性的接触は固く禁止します。
三、外部との面会・通信は担当医の許可を得てください。
四、オキシトシン誘導法の進捗はすべて記録・評価されます。
五、外出・退院については担当医と相談の上決定します。
「このルールの違反が認められた場合は、治療計画を中断し個別観察室へ移動する場合もあるので、ご注意くださいね」
「……はい」
少しだけ、不安で視線を伏せる。
「荷物を片付けましょうか。落ち着いた頃に先生が来るので、それまでこのお部屋で待機でお願いします」
「あ……あの、先生、って」
担当医が、もう決まったのだろうか。
心臓がドッドッとうるさく動いている。
「先程診察でお話されていた久我圭吾先生ですよ」
それを聞いてホッとする。
そしてあの医者が久我先生だというのを、今、初めて知った。
初対面の時に自己紹介はされたのだが、彼の名前は頭に残っていなかったので。
「何かありましたら、久我先生になんでも言ってかまいませんからね。先生は基本的には怒ったりしませんから」
「ぁ……」
「安心してください。誰も神木さんを叱ったりしませんよ」
優しく笑った看護師に、キュゥと喉を鳴らした。
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