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カウンセリング 1

◇  緊張からか一睡もできないまま、朝を迎えた。  朝食の後、病室にやってきたのは、昨日ここまで案内してくれた男性看護師──佐伯大輝さんだ。 「おはようございます」 「あ、……おはよう、ござい、ます」 「あら、あんまり眠れなかった感じですかね」 「……はい」  どこか、そわそわして落ち着かなかった。  指先がジンと冷えて痺れている。 「今、寒いですか?」 「ぁ……指先が」 「私の手、握って貰えます?」 「はい……」  差し出された手を握ると、佐伯さんの眉がへにゃりと八の字になる。 「冷たくなっちゃってますね。温めるもの持ってきましょうか?」 「……そこまでは、大丈夫です」 「わかりました。寒い時は我慢せずに教えてくださいね」  明るい声に一度頷くと、彼は今日の予定を話し出す。 「今日は十時からカウンセリングの予定です。十分前には迎えに来ますね。ここではなく、カウンセリングルームに移動します。それまでに、この施術着に着替えて準備していてください」 「はい」 「不明なことはありますか?」 「……大丈夫です」  返事をすれば、彼は頷いて「時間になったらまた来ますね」と部屋を出て行った。    カウンセリングでは、何を聞かれるのだろうか。  上手く話せるかな。それだけが心配だ。  話せなくても、きっと久我先生は怒ったりしないだろうけれど、治療の邪魔になるような、そんな発言はしないように気をつけないと。  そう思うとだんだん緊張してきてしまって、施術着に着替えるとベッドの上で手持ち無沙汰に両手を揉みながら、その時間が来るまで待っていた。 「──神木さーん。そろそろ移動しましょう」 「!」  ノック音にも、鍵が開く音にも気が付かなかった。  やってきた佐伯さんは相変わらず笑顔で、しかし緊張してしまう。 「カードキーを忘れないようにしてくださいね。……さあ、行きましょうか」  ここに入院してから、初めて病室を出る。  ドッドッと心臓がうるさい。 「さ、佐伯、さん」 「はい」 「ぅ……か、カウンセリング、って……何を……」 「そうですね……」  佐伯さんは一度立ち止まって、優しくこちらを見つめてくる。 「今日は、話せる範囲で大丈夫っていう前提で、神木さんがどんな環境で育ってきたかとか、最近の気持ちの変化とかを、久我先生がゆっくり聞いてくれると思います。答えられないことは無理に言わなくて大丈夫です。沈黙もオッケーですから」 「……ぁ」  グッと親指を立てた彼に、思わず瞬く。 「久我先生、すごく話すの上手な人で、こっちが何も言えなくても、ちゃんと空気読んで待ってくれるタイプですから。怖がらなくて大丈夫ですよ」 「……はい」  少しだけ胸の緊張が和らぐ。  歩く足取りはまだ重いけれど、先に立つ佐伯さんの背中が、少しだけ心強く感じた。  エレベーターに乗り、着いた階は白を基調とした病棟とはまた違う雰囲気をしたところだった。  少し歩くと扉があって、カードキーをかざすとそこが開く。  そうして廊下を進んだ先にあったカウンセリングルームを、佐伯さんがコンコンとノックすると、中から久我先生の返事が聞こえた。 「神木さん入りましょうか」  ドアが開けられ、促されて中に入る。  静かな部屋。穏やかな木の香りが鼻をくすぐる。  部屋の奥で立ち上がった久我先生が、椅子を指さして微笑んだ。その奥には簡易的なベッドも置かれている。 「こんにちは、神木さん。ゆっくりでいいので、座ってくださいね」  久我先生の隣には、低めのテーブルとティッシュの箱、そして小さな観葉植物が置かれている。  そこだけを見るとどこか家庭的な雰囲気がして、病院らしさはあまり感じない。 「座ってくれてありがとうございます。……少し緊張してるかな?」  視線が合った瞬間、柔らかい問いが落ちてきて、思わず小さく頷く。 「今日はね、無理に何かを話す必要はありません。ただ、少しずつ──神木さんがどんなふうに過ごしてきたのかを、私が知る時間にさせてもらえたら嬉しいな」 「……が、がんばり、ます」  震える声が情けない。  久我先生はそれでも笑顔を消さなかった。 「頑張らなくてもいいんですよ。言いたくないことは言わなくて大丈夫だし、つらくなったら、いつでも途中でお休みしましょう。……看護師の佐伯がいますが、あまり気にしないでくださいね」  うん、と一つ頷く。  小さく息を吸って、椅子の背にもたれた。  少しずつ、自分のことを話していく時間が、始まろうとしていた。

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