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カウンセリング 3
──震えが止まらない。
息が浅い。喉の奥に空気が引っかかる。冷たい息がヒュウと鳴る。苦しい。
「……大丈夫、ゆっくり呼吸しましょう」
久我先生の声は、遠くから聞こえるようでいて、ちゃんと耳に届いていた。
でも、目の前の空気が歪んで見える。頭がふらふらして、気を抜いたらどこかへ落ちていきそうだった。
久我先生が立ち上がる気配がして、椅子のきしむ音のあと、そっと手が肩に触れた。
「神木さん、ベッドに横になりましょう。体がこれ以上冷える前に」
されるがまま、ゆっくりと身体を預けた。頭の下にクッションが入り、体には再度毛布が掛け直される。
けれど、寒さは内側からくる。
「──神木さん、いまから少し、体に触れます。温めるためです。いいですか?」
ゆっくり頷くと、久我先生の手が、静かに腕に触れた。厚手の施術着の上からだったのに、その手のひらの温度が、じんわりと伝わってくる。
「大丈夫。あなたはよく頑張ってきた。感情が凍ってしまうのは、ちゃんと理由があることなんですよ」
その言葉に、心の奥が、カチン、と音を立てた気がした。
「つらい気持ちって、冷たいまま放っておくと、心にも体にも影響が出るんですよ。でも、あなたはこうして話せた。冷えた心を、表に出せた。それだけでもう……すごいことなんです」
触れられたところから、じんじんと感覚が戻ってくる。熱い、というより──涙が出そうだった。
久我先生の手が、肩から上腕へ、ゆっくりと温めるようにさすっていく。撫でるでも揉むでもない、ただ優しく、そこに触れている手。
気づけば、過呼吸のような浅い呼吸は少しずつ整っていた。
「……ごめんなさい、取り乱して……」
「謝らないでください。感情を出せるのは、あなたの心がまだ凍っていない証拠ですから」
喉の奥が詰まって、何も返せなかった。
しばらく、そのまま横になっていた。
静かな空間の中、久我先生の手だけが、ずっと一定のリズムで、肩をさすってくれていた。
何も言わなくても、安心していられる時間なんて、たぶん生まれて初めてだったかもしれない。
凍るような冷たさが落ち着くと、久我先生は優しく微笑んだまま手を揉んできた。
彼の手がじんわりとあたたかくて、それが移動してくるかのように、自分の手も少しだけあたたかくなっているような気がする。
「──神木さんの場合、今話してくれたことが、きっかけかもしれませんね」
きっかけ。
たしかに、あの時胸の奥が一気に冷えたような気がしたのを覚えている。
けれどあのときはただ胸が痛くて、すごく悲しいだけだと思っていた。
まさか、そこから体の中が冷えていってたなんて……考えたこともなかった。
「お話を聞かせてくれてありがとうございました。もう少しここで休んでからお部屋に戻りましょうね」
「……先生」
「はい。どうされました?」
先生の手をきゅっと握ってみる。
少し驚いたように目を見張った彼は、目尻を和らげると空いていた反対の手で、そっと頭を撫でてきた。
「疲れちゃいましたね。今日はこれで終わりなので、ゆっくり休んでくださいね」
「……はい」
「明日は体温を取り戻していく治療を行います。神木さんはただこうして寝転んでいるだけでいいので、安心してください」
ゆったりとした口調が眠気を誘ってくる。
一度冷たくなったからだろうか、あたたかさがじんわり染みてくると、頭がぼんやりしてきた。
誰かがそばにいるって、こんなに安心するものだったんだ──そんなふうに思いながら、やってきた眠気に抗うことなく、ゆっくりと目を閉じた。
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