8 / 31

カウンセリング 3

 ──震えが止まらない。  息が浅い。喉の奥に空気が引っかかる。冷たい息がヒュウと鳴る。苦しい。 「……大丈夫、ゆっくり呼吸しましょう」  久我先生の声は、遠くから聞こえるようでいて、ちゃんと耳に届いていた。  でも、目の前の空気が歪んで見える。頭がふらふらして、気を抜いたらどこかへ落ちていきそうだった。  久我先生が立ち上がる気配がして、椅子のきしむ音のあと、そっと手が肩に触れた。 「神木さん、ベッドに横になりましょう。体がこれ以上冷える前に」  されるがまま、ゆっくりと身体を預けた。頭の下にクッションが入り、体には再度毛布が掛け直される。  けれど、寒さは内側からくる。 「──神木さん、いまから少し、体に触れます。温めるためです。いいですか?」  ゆっくり頷くと、久我先生の手が、静かに腕に触れた。厚手の施術着の上からだったのに、その手のひらの温度が、じんわりと伝わってくる。 「大丈夫。あなたはよく頑張ってきた。感情が凍ってしまうのは、ちゃんと理由があることなんですよ」  その言葉に、心の奥が、カチン、と音を立てた気がした。 「つらい気持ちって、冷たいまま放っておくと、心にも体にも影響が出るんですよ。でも、あなたはこうして話せた。冷えた心を、表に出せた。それだけでもう……すごいことなんです」  触れられたところから、じんじんと感覚が戻ってくる。熱い、というより──涙が出そうだった。  久我先生の手が、肩から上腕へ、ゆっくりと温めるようにさすっていく。撫でるでも揉むでもない、ただ優しく、そこに触れている手。  気づけば、過呼吸のような浅い呼吸は少しずつ整っていた。 「……ごめんなさい、取り乱して……」 「謝らないでください。感情を出せるのは、あなたの心がまだ凍っていない証拠ですから」  喉の奥が詰まって、何も返せなかった。  しばらく、そのまま横になっていた。  静かな空間の中、久我先生の手だけが、ずっと一定のリズムで、肩をさすってくれていた。  何も言わなくても、安心していられる時間なんて、たぶん生まれて初めてだったかもしれない。  凍るような冷たさが落ち着くと、久我先生は優しく微笑んだまま手を揉んできた。  彼の手がじんわりとあたたかくて、それが移動してくるかのように、自分の手も少しだけあたたかくなっているような気がする。 「──神木さんの場合、今話してくれたことが、きっかけかもしれませんね」  きっかけ。  たしかに、あの時胸の奥が一気に冷えたような気がしたのを覚えている。  けれどあのときはただ胸が痛くて、すごく悲しいだけだと思っていた。  まさか、そこから体の中が冷えていってたなんて……考えたこともなかった。 「お話を聞かせてくれてありがとうございました。もう少しここで休んでからお部屋に戻りましょうね」 「……先生」 「はい。どうされました?」  先生の手をきゅっと握ってみる。  少し驚いたように目を見張った彼は、目尻を和らげると空いていた反対の手で、そっと頭を撫でてきた。 「疲れちゃいましたね。今日はこれで終わりなので、ゆっくり休んでくださいね」 「……はい」 「明日は体温を取り戻していく治療を行います。神木さんはただこうして寝転んでいるだけでいいので、安心してください」  ゆったりとした口調が眠気を誘ってくる。  一度冷たくなったからだろうか、あたたかさがじんわり染みてくると、頭がぼんやりしてきた。  誰かがそばにいるって、こんなに安心するものだったんだ──そんなふうに思いながら、やってきた眠気に抗うことなく、ゆっくりと目を閉じた。

ともだちにシェアしよう!