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初めての治療 1
◇
翌日、朝から検診衣に着替えると、処置室に連れていかれ、そこで初回のオキシトシン誘導法を行うと、佐伯さんに聞かされた。
「ここに寝てくださいね。痛いことも恥ずかしいことも一切ありません。ただ、落ちてしまわないように腰の部分を固定させてもらいます。苦しかったら教えてください」
処置台に寝かされると、腰周りを大きなベルトのようなもので固定された。
苦しくはないが、少しだけ不安である。
処置室の扉が開く音がして、久我先生の「おはようございます」と優しい声が聞こえてきた。
「……ぉ、はよう、ございます……」
「緊張してるかな。大丈夫だからね。ちょっと触るよ」
鎖骨あたりに触れた手が、一定のリズムでトントンと軽く叩いてくる。
ふーっと深く息を吐けば、顔をのぞき込まれ、柔らかく微笑まれた。
「体に機械を着けさせてね。シールを貼るだけ。この辺り」
「……は、い」
「ありがとう。──佐伯、着けて」
検診衣の前を開かれると、胸の辺りを中心に五枚ほどペタペタとシールが貼られる。
すぐに服を戻されて、体には毛布が掛けられた。
「今よりも寒さを感じたら、すぐに教えてくれるかな」
「……わ、わかり、ました」
「大丈夫だよ。手や足、それから頭に軽く触れるだけだから」
「ぅ……」
「不安なことはない?」
声が上手く出なくなって、ただ一度だけ頷いた。
そうすれば「始めよう」と先生は言って、早速手を両手で包まれた。
ドクドクと心臓の音が耳元で鳴っているかのように、大きく脈打つそれが、久我先生にも佐伯さんにも聞こえてるのではないかと思うと、息が荒くなってしまう。
「神木さん、ゆっくり呼吸しましょうか。私と同じタイミングで息を吸ってみましょう」
佐伯さんの両手が、そっと顔を包むように頬に触れる。彼に教えられるタイミングで息を吸って、吐けば、少し呼吸が落ち着いた。
「さっきより寒さを感じていますか?」
「ぁ、ぅ……あ、な、ない、ない、です」
「よかったです。そのままリラックスして──」
ただ包まれていた手を、久我先生が揉んでマッサージをしてくる。
それは痛気持ちいい感じで、親指と人差し指の間をグーッと指圧されると、つい目を細めた。
「ここ、気持ちいいですよね」
「ん……はい……」
「上手に力抜けてますよ。足も触りますね」
佐伯さんが足元に移動して、そっと触れてくる。
ビクッと震えてしまったけれど、暖めるように片足を優しく包まれた後、ここでもマッサージが始まって、ついつい小さな息が漏れた。
そうして手足を揉まれていると、体の奥の力がじわじわと抜けていく。
何も考えられなくなって、ただ気持ちいいという感覚に溺れそうになる。
──あ、怖い
このぬくもりが、自分のものだと勘違いしてしまいそうだった。
優しくされたことなんて、これまでに無かった。だから、この優しさが、何よりも怖く思えて。
目の奥がツンとした。
なにも嫌なことをされてないのに、どうして、こんな──
「……ぁ……や、め、……ご、ごめ、んなさい……っ」
止めて、という声がかすれる。
涙が勝手に流れ出して、体が震えているのが自分でもわかる。
久我先生がそっと手を放し、「大丈夫、大丈夫」と繰り返す。
佐伯さんも毛布をかけ直してくれて、先生が指示を出した時すぐに動けるようにと静かにこちらを見つめていた。
「触られるのが怖くなっちゃった?」
「っ、う、あ、あたたかい、の……自分じゃ、ないみたい、で」
「そっか。……うん。教えてくれてありがとう」
そっと頭を撫でられる。
グッと唇を噛んで、涙が溢れそうになるのをこらえた。
頭がじんわりとあたたかくて、次の言葉が出てこない。
ただ、ぼうっと天井を見つめていた。
「今日は、ここまでにしましょう」
久我先生の声で、治療が終わったことを知る。
佐伯さんが器具を外してくれて、ゆっくりと上半身を起こす。
ぐら、と軽く視界が揺れて、思わず先生の腕に掴まった。
すぐに支えられて、何も言わずに立たせてもらう。
処置室の外に出ると、廊下の空気が少しだけ冷たく感じた。
けれど、冷たいと感じられるのは、たぶん、今の治療のお陰で、あたたかくなっていたからなのだろう。
歩きながら、喉の奥に小さく何かが詰まっているような感覚を覚える。
怖かったけれど、あれを乗り越えれば冷たいと感じなくなる。そうすれば、死ぬことは無い。
「またお昼頃に様子伺いに来ますね」
病室まで送ってくれた佐伯さんにそう言われ、静かに頷いた。
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