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初めての治療 2

 病室のドアが閉まる音がして、ひとりになった。  まだ足元が少しふわふわしている。  けれど、手足の先はいつもよりほんのりあたたかくて、不思議な感覚だった。  あの治療が「正しいこと」であるのは、今の体の感覚から、何となく理解をしている。  けれど、自分は止めてしまった。 「……怒られなかったな……」  やめてと伝えても、誰も怒らなかった。  それが──いちばん、驚いた。  ちゃんと怖がって、ちゃんと拒否できた。  それでも大丈夫って言ってもらえた。  ……それだけで、今日は、もう、十分すぎる。  毛布を抱えて、そっと横になる。  目を閉じると、ほんの少しだけ、胸の奥がふわりとほどけた気がした。 ◇  昼食が運ばれてきても、あまり食べたいと思わなかった。  あたたかくなっていた手足が、冷たく戻ってしまったことに少し落胆してしまったみたいで、ベッドから起き上がる気にもなれずに、ただ天井を眺める。  だからノックが聞こえても、鍵を解除される音がしても、何の反応もできなかった。  そばに来た佐伯さんが、手付かずのお昼ご飯を見て「あらら」と声を零す。 「朝の治療に疲れちゃいましたね。飲み物だけでも飲んでほしいなあ」 「……」 「体の感覚はどうですか? 冷たいとか、あたたかいとか、変わったことはありますか?」  そう聞かれて正直に答えるより先に、喉を突いて出たのは「ごめんなさい」という言葉だった。 「んん? 何がですか? 神木さんは何も悪いことをしていませんよ。大丈夫です。誰も怒っていないし、悲しんでもいません。安心してください」  それでも、喉の奥が熱くなって、返事のかわりにまた涙が出そうになる。 「……ごはん、たべ、れなくて……」  それが、今の自分にできる精一杯だった。  佐伯さんは困ったように笑って、それでも声のトーンは変えずに答えてくれる。 「食べられない日もありますよ。そういうときは、無理に食べなくてもいいんです」 「……でも」 「『でも』は置いておきましょう。ね?」  そう言いながら、テーブルの上のスープに手を伸ばして、ふたをそっと開ける。 「これ、ちょっとだけ飲んでみませんか。まだ温かいですよ」  体を起こして、差し出されたコップを、少し躊躇ってから両手で受け取る。  そのままゆっくりと口に運べば、スープはまろやかで、思ったよりも飲みやすかった。  喉を通ると、じんわりと体の中に熱が戻ってくる。 「……ん、あったかい……」 「よかった。あったかいの、ちゃんと感じられてますね。また手が冷たくなっちゃってるから、それで温まりましょうね」  そう言って、佐伯さんは柔らかく微笑んだ。 「神木さん、今日はもう、本当にがんばりました。午後は何もしませんから、安心してゆっくりしていてください」 「……はい」 「また、あとで食器下げに来ますね」  そう言って部屋を出ていくその背中を、由良は目で追いかける。  そしてスープを飲み干すと、そっと毛布を引き寄せた。  スープのぬくもりが、体の奥に残っている。  それだけのことなのに、なぜか、今日は少し泣きそうだった。  このぬくもりを、手放したくないと、初めて思った。

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