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初めての治療 3
夜になると久我先生がやって来て、まだ手付かずだった料理を見て苦笑する。
「お昼は食べれたかな」
「……スープを」
「それはよかった。このお味噌汁はどう?」
「の、のみ、ます」
食器を手に取り、口付ける。
時間が経って少しぬるくなったそれが、じんわりと広がった。
昼間に飲んだスープよりも、出汁の味がしっかりしている気がする。
「美味しい?」
「ん、た、ぶん?」
ニコニコ、久我先生の笑顔は崩れない。
朝の治療を中断させてしまったのに。
「……先生」
「はあい」
「……治療を、中断させて、ごめんなさい」
少し驚いた表情をした彼が、目尻を柔らかく下げる。
「謝らなくていいんですよ。むしろ神木さんの素直な気持ちを聞けて嬉しかったです。感じていることを言葉にできて凄い!」
「ゎ……」
「よく頑張りました!」
大袈裟なくらいに褒められると、恥ずかしくて俯いた。
それでも嫌な気がしないのは、久我先生の言葉に嘘がないと、なんとなくわかったから。
「ぁ、明日も、治療……ありますか……?」
「そうですね……。神木さんが嫌じゃなければ、今日と同じようなことを明日もしたいなと思っています。……あ、絶対じゃないですよ。慣れてきたら徐々にステップアップしていく予定です」
「……」
今日は初めてだったから、緊張しすぎてパニックになった可能性もある。
やることがわかった今なら、緊張も和らいでいるはず。
「ぁ……」
「?」
「……明日、頑張り、ます」
言ったあと、少しだけ後悔した。やっぱり無理かもしれない。でも──
そう言わなきゃいけない気がして、自然と口からこぼれた言葉だった。
けれど、久我先生は驚いたように目を丸くして、それから、ふっと笑った。
「神木さんが自分でそう言ってくれたこと、とっても嬉しいです」
彼の言葉に目の奥がじんと熱くなる。
「でも、明日も、もし途中でつらくなったら、また『やめて』って言っていいんですよ。頑張るって決めたから、苦しくても我慢する、なんてそんな無理はしなくていいからね」
「……はい……」
「神木さんは、もう十分頑張ってる。だから、頑張るのは、ほんのちょっとでいいんです」
ほんのちょっと──その言葉に、どこか救われた気がした。
久我先生は、お味噌汁の器をそっと戻して、毛布を整えてくれる。
「今日は、もうゆっくり休んでくださいね。もし眠れなかったら、ナースコール押してくれて大丈夫ですから」
その声を聞きながら、静かに頷けば、「おやすみなさい」と言った久我先生が部屋を出ていく。
ドアが閉まって、またひとりになった。
毛布をきゅっと胸元まで引き上げて、目を閉じる。
久我先生の声が、まだ耳の奥でふわふわと揺れている。
「頑張るのは、ほんのちょっとでいい」
その言葉は、知らないあいだに肩に乗っていた大きな荷物を、そっと降ろしてくれるようだった。
ほんのちょっとだけでいいなら、たぶん、自分にもできる。
ゆっくりと深呼吸をしてみる。
そうすると、胸の奥に小さなあたたかいものが灯ったような気がした。
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