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朝の挨拶
朝早くに目が覚めた。
今日は昨日よりも頑張るんだと、そんな気持ちでベッドを降りると、病室のカーテンを開けた。
柔らかな陽の光が、部屋をそっと照らしている。
なんだか気分が良くなって、顔を洗うとカードキーを手に取り部屋を出た。
朝六時と早い時間だからか、廊下には誰もいない。
一昨日久我先生と歩いた廊下をコソコソと歩き、ベンチまで行ってホッと息を吐く。
冷たい空気が肌に触れて、ぴりりとした感覚が走る。
やっぱり寒くなってきて、けれどまだ病室に戻る気にはなれず、ベンチに腰掛けて天井を仰ぐ。
白くて長い蛍光灯が並ぶ天井を見ていると、不意に昨日の久我先生の顔が思い浮かんだ。
「ちょっとだけ、頑張る」
小さく呟いて一度目を閉じる。
同じ言葉を心の中で繰り返し、そっと目を開けると──
「おはようございます」
「っ!」
そこには久我先生がいた。
「早いですね。目が覚めちゃった?」
「っぁ、お、はよ……ございます……」
「あ、驚かせてしまったかな」
「……びっくり、した……」
「ごめんね」
隣に腰掛けた彼。
チラリとその顔を盗み見ると、相変わらず笑顔を浮かべている。
「せ、先生、は……何で、ここに……?」
「んー、なんででしょうね」
「ぁ……」
「たまたまだよ。部屋を出ていく姿が見えたから、どこに行くのかなって気になって」
「……き、聞いて、ました……?」
「何を?」
ちょっとだけ、頑張るという、独り言。
聞かれて悪い訳では無いけれど、なんとなく恥ずかしい。
首を左右に振って、『なんでもない』を伝える。
久我先生はふっと笑って、背もたれに寄りかかった。
「今、寒くないですか?」
「すこしだけ」
「上着取ってきましょうか? それとも部屋に戻る?」
「ぅ……せ、先生は? 寒くない、ですか?」
「寒くないよ。ほら、手を貸してくれる?」
差し出された手に、おそるおそる手を重ねる。
先生の手はあたたかくて、冷たかった指先がジンとした。
「この冷たいのが、少しずつ治まっていくからね」
「……ん」
「今はまだ、あまり効果を感じないかもしれないけれど、治療が進めばちゃんと実感できるはずだから」
「はい……」
ふと視線が絡まる。
ニッと笑顔を見せられて、どうしてか今日は同じものを返したくなって、下手くそに口角を上げる。
少し目を見張った先生は、さっきよりもずっと嬉しそうに微笑むと、手を掴んだまま立ち上がり、つられるように腰を上げた。
「そろそろ部屋に戻りましょうね。手足だけじゃなくて、全身が冷えちゃったら大変だから」
手を引かれ、病室までを歩く。
一昨日は難しかった手を繋いで歩くという行為が、人目もないからか嫌な気がしない。
「朝食食べ終わったくらいで看護師が来ると思うので、それまでゆっくりしていてくださいね。また後で会いましょう」
「は、はい」
病室に戻り、一人になっても、まだ先生と繋いでいた手はほんのりあたたかかった。
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