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3回目の恥ずかしさ 3
トントンと肩を叩かれ、目を開けた。
どこか体がだるくて重たい。
視界に映る天井はいつも見ている病室のもので、まだ頭が覚醒しないまま横を見れば、佐伯さんが「おはようございます」と柔らかい笑顔で立っていた。
「治療が終わって、お部屋に戻ってきましたよ。少し体温測らせてもらいますね」
「……」
「気持ち悪いところや、違和感を感じるところはありませんか?」
そう聞かれて体の感覚に集中する。
気持ち悪いところは無いけれど、ほんの少しだけ、ぼんやりと熱を持っているような気がした。
脇に挟まれた体温計がピピピッと音を立てる。
「な、んか……奥の方が、あたたかい……?」
体温計を手渡しながら、そう答える。
「お、それはとってもいいことですよ。早速治療の効果が出てますね! 体温もいつもより高めです」
「……あれを継続したら、冷たいの、無くなりますか」
「そうですね……。今回のはまだ序盤なので、今後ゆっくり治療を繰り返して、冷たいのなくしていきましょうね」
「……」
「少しでも不安に感じたり、怖いと思ったのなら、久我先生とお話してみましょうか。後で様子を見に来ると言っていたので、その時にでも」
コクンと頷けば、佐伯さんはにっこり笑って、少し話をすると部屋を出ていった、
それからしばらくすると料理が運ばれてきて、無心で箸を手に持つ。
サクサクと音のするコロッケ。
一口サイズに切って、パクリ、口に含む。
「ぁ……」
ほんのりとじゃがいもの甘みが広がった。
もう一口食べてみる。
やはりさっきと同じ。
「甘い」と思えたことが、少しだけ嬉しかった。
……そんな風に思ったのは、どれくらいぶりだろう。
「ぉ……お、おいしい」
その言葉を口にして、途端に視界が滲んだ。
久しく感じなかったものが、今は感じられるのだ。
箸を置いて、顔を手で覆う。
そんなとき。
「──神木くーん、こんばんは、調子はどう──あらら、どうしたのかな」
病室に入ってきた久我先生が柔らかい声で問い掛けてくる。
備え付けのティッシュでポンポンと優しく涙を拭われた。
「せ、せんせ……」
「はい。どうして泣いてるのか、教えてくれる?」
優しい瞳、しかしどこか真剣な先生。
少し動揺しながら、ゆっくりと口を開く。
「ぁ、味、が……」
「味?」
「味が、しました……。甘くて、美味しい……」
「!」
少し目を見張った久我先生は、そのままへにゃりと力のない笑みを見せると、「よかった」と一言つぶやくように零した。
「甘かったですか。どれが甘い?」
「あの……これ、コロッケが……久しぶりに、甘いって感じました……。だから、美味しくて、」
言葉にすれば再びポロポロと涙が溢れてきて、ベッドの淵に腰掛けた先生は、また優しく涙を拭ってくれる。
「じゃあ、冷める前に食べちゃいましょう。その後、良かったら私とお話しませんか?」
「ん……はい。……あ、でも、別に今でも……」
「せっかく温かい料理があるから、そちらを先にどうぞ」
「……先生は、忙しいでしょう? 僕に合わせてもらわなくても、大丈夫です」
せっかく話に来てくれたのに、待たせるのは心許ない。
そう言うと、彼は困ったように笑った。
「私がそうしたいんです。美味しそうに食べてるところ、見られるのは嫌?」
「……」
嫌、というよりも少し恥ずかしい。
けれど、こうして味を感じられたのは先生のおかげ。
先生が喜んでくれることなら、応えたいと思った。
「い、嫌じゃないけど……恥ずかしいので、あまり、見ないでくださいね」
「嬉しいなぁ。ありがとう」
患者が快方に向かっているからだろうか、本当に心から嬉しそうだ。
そんな先生の笑顔を見ていたら胸のあたりがドキリとする。
痛みとは違う、少し驚きに似たような感覚。
けれど、それは決して嫌なものではないのだ。
「あ、そのサラダ、ドレッシングありますよ。ほら、これ」
「このドレッシング……どんな味、ですか?」
「んー……一度試してみましょう? 神木さんが好きなものや嫌いなもの、一つずつ見つけて、私に教えてください」
「あ……はい。見つけます」
味がわかったんだから、聞かなくても、試してみればいいのだ。
ドレッシングの入った小袋を開けて、キャベツの千切りにかけてみる。
こんな行為も久しぶりで、少しだけウキウキした。
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