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ドキドキの理由
ふわりと意識が浮かび上がった。
最初に気づいたのは、身体の芯までじんわりと温かいことだった。冷たさに震えていた頃が嘘みたいで、毛布の下に包まれた体がぽかぽかと心地いい。
「……あったかい……」
思わず小さく呟いて、また瞼を閉じそうになる。
けれどそのとき、扉の開く音がして、すっと部屋に柔らかな気配が流れ込んできた。
「目が覚めましたか、神木さん」
低く落ち着いた声に、胸の奥がきゅっと跳ねる。
視線を上げれば、久我先生が穏やかにこちらを見ていた。
「……先生……」
返事をする声がかすれる。
先生はベッドに近づき、いつものように優しい微笑みを浮かべたまま、そっと頭に手を置いた。
「よく頑張りましたね」
その一言と、温かな掌の感触に、どうしようもなく心臓が早鐘を打つ。
労われているはずなのに、胸が落ち着かない。撫でられるたびに、嬉しいのに、どこか苦しい。
「今日もとてもよく頑張ってくださったので、次の治療は一日休んで明後日にしてもいいですし、明日も今日と同じ内容を続けても構いません。神木さんはどちらがいいですか?」
「……」
ドキドキがひどくなっていく。
理由はわからないけれど、不思議と不安ではなく、むしろ胸の奥がくすぐったい。
「せ、先生」
「はい」
「……なんだか、ドキドキしてて……これは、なんですか……っ?」
「ドキドキ……。今お話している間に強くなりましたか?」
「ぅ……せ、先生に、撫でられてから……」
素直に打ち明けると、先生は少し驚いた顔をしたあと、ふんわりと目を細めて微笑んだ。
「治療を進めていけば、きっとわかるようになるかもしれませんね」
「ぁ……こ、これは……いいこと、なんですか」
「もちろん。だから心配しなくて大丈夫です。そのドキドキを大切にしてくださいね」
「……はい」
その言葉を聞いて、胸の奥でなにかが温かく弾けた。
もっと頑張らなきゃ。
良くなってきているんだ。
新しい感情が、もう少しで掴めるような気がする。
「治療、もっと頑張ります」
「ええ。神木さんはもう充分によく頑張っていますから。無理のないように、ゆっくり進めていきましょう」
「は、はい」
「ただ……もし余裕がありそうなら、次の治療のあとに、もう一歩進むかどうかを考えてみてもいいかもしれませんね」
先生の言葉に、胸の奥がじんわりと温かくなる。
知らない感情に戸惑いながらも、不思議と前へ進みたい気持ちの方が強かった。
「……わかりました」
少し照れながらも、素直に返事をする。
そして意を決して、ぽつりと口にした。
「……明日も、お願いします」
その言葉に、先生はふっと目を細めてにっこりと笑った。
「わかりました。では今日はゆっくり休んでください。また朝に佐伯がお薬を持ってきますからね」
穏やかな声と共に、先生は立ち上がる。
名残惜しさを覚える間もなく、扉の向こうへと去っていった。
部屋には再び静けさが戻る。
けれど胸の鼓動だけはまだ落ち着かず、毛布を握りしめた手のひらにまでその熱が伝わっていた。
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