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夜のひととき ※

 翌日の治療でも相変わらず考えることなんてできず、頭は蕩けてしまっていた。  快楽に呑まれ、意識の輪郭がどんどん薄れていく。  何度も容赦なく前立腺を撫でられ、そこを道具でぐっと押し込まれるたびに背筋が跳ね、絶頂を重ねる。 「やっ……も、無理……っ」  苦しさに耐えきれず腰を逃がそうとした瞬間、すかさず佐伯さんの手が腰を押さえ込み、逃げ道を奪った。 「神木さん、上手に感じられてますよ〜。もう少し頑張りましょう」  耳元に落とされた声が、熱に浮かされた頭にまとわりつく。  それでも刺激は止まず、体の奥が焼けつくほどに昂ぶっていき――。  何度目かの絶頂の後、不意に視界が白く弾けた。  喉の奥で声にならない声を洩らしながら、そのまま意識がふっと途切れる。  次に目を開けたときには、もう病室のベッドの上だった。  カーテンの隙間から夜の闇が覗き、時計は午後九時を指している。 「……寝すぎた」  ポツリと呟いて上体を起こす。  まだ下腹部に鈍い熱が残っていて、シーツの感触がやけに鮮やかに伝わってくる。  やはり違和感はあるけれど――初めて触れられた頃に比べれば、少しは慣れてきた気もした。  もう夜も遅いから、きっと先生たちは来ないだろう。   「お腹、すいた……」  ベッドからおりてカードキーを手に持つ。  食事の時間は遠に過ぎているから、きっともう用意はされていない。  多分ナースステーションの方に行けば、誰かがいるだろうし、許可を貰って院内のコンビニに行ってご飯を買おう。  廊下に出ると照明が少し暗くなっていた。  ナースステーションの方は明るくて、そこに向かって歩いているとそこから佐伯さんが出てきて、目が合うとニッコリ微笑まれる。 「神木さーん、目が覚めたんですね」 「あ……はい。あの……お腹、すいちゃって、コンビニに……」 「じゃあ一緒に行きましょうか。体に違和感はありますか? もし歩くのが辛いなら、車椅子を持ってきますよ」 「い、いえ、大丈夫です。歩かなきゃ、運動不足になっちゃうし」  佐伯さんは「ならこのまま歩いていきましょうか」と隣に並び、一緒に病棟を出てコンビニに向かう。 「あの……今更なんですけど、コンビニ行くのも、制限は特にないんですか……?」 「うちは特にありませんよ。守っていただきたいことは初めに説明させてもらったルールだけです。消灯時間は一応設けていますけど、そこら辺は割と緩いです。大きい音とかはちょっと注意しますけど……まあ誰にだって寝れない時もありますし、寝たいのに眠れない場合は先生に相談してお薬処方したりもできますよ」  なるほど、と頷いてからアレ? とすこし疑問が浮かんだ。 「佐伯さんも、久我先生も、休んでます……?」 「もちろんですよー!」 「えっと……いつ……?」 「それはまあ、夜とか、お昼もちょくちょく」 「……休日は?」 「ありますあります。大丈夫ですから、お気になさらず!」  そんな会話をしているうちにコンビニに着いた。  自動ドアが開くと、その明るさが目に沁みる。  並んだおにぎりやパンの棚を眺めていると、なんだか現実感が戻ってきて、久しぶりの感覚に胸の奥が少し軽くなる。 「何にします?」 「……うーん……あ、プリン食べたい」 「いいですね〜。甘いのもたまには大事です」  佐伯さんが微笑む横顔に、どうしようもなく安心感を覚えた。 「夜ご飯が食べれてないから、おにぎりとか……うどんやラーメンとかもありますよ」 「この時間にガッツリ食べることにちょっとだけ抵抗が……」 「そうですよねぇ。でもプリンでお腹、ふくれます?」 「……おにぎりも買います」  飲み物も買って、コンビニを出る。  病棟に戻るとナースステーションに久我先生が立っていて、こちらを振り返った彼は穏やかに口角を上げた。 「こんばんは。コンビニに行かれてたんですね」 「ぁ、は、はい。ご飯、寝てたから、食べそびれて……」 「そうでしたか。……食べながらで構いませんので、少しお話いいですか?」 「! も、もちろんです」  三人で病室に移動する。  カードキーで鍵を開けて、中に入ると電気をつけた。 「明日の治療ですが、今日がもうこの時間なので、一日ゆっくりお休みしてください。明後日再開しましょう」 「は、はい」 「昨日させていただいたお話で、明後日からもう一歩進んだ治療を進めていこうと思いますが、どうでしょう?」  久我先生の問いかけに、迷いはなかった。  快楽が途切れないのは少し辛いと思う時があるけれど、治療後は体の温かさを実感しているし、何より自分の感情をもっと知りたい。 「……はい。お願いします」 「わかりました」  先生がふっと微笑む。その笑みが褒めてくれているみたいで、胸がじんわりと温かくなる。 「神木さんの回復は順調です。この調子でいけば、きっともっと楽になりますよ」 「頑張ります」 「ええ。無理はさせませんから、安心してください」  そう言われただけで、また頑張れる気がした。  ベッドに戻って買ってきたプリンを食べながら、これからのことを思う。  甘さが口いっぱいに広がり、同じくらい心も甘く満たされていく気がした。

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