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静かな朝の出会い

 翌朝は、朝食が運ばれてきたのと同時に目が覚めた。  佐伯さんは相変わらず穏やかに微笑んでいて、ここの看護師さんやお医者さんは苛立つことなんてあるのかな、と少し不思議に思う。 「神木さん、今日はどう過ごされます? 病棟内なら自由にしていただいて構いませんし、何かお手伝いが必要なことがあれば遠慮なくお声掛けくださいね」  まだ頭がぼんやりしていたが、頷いて返す。 「……病棟内、散歩します」 「わかりました! お一人で大丈夫そうですか?」 「はい。えっと……困ったら、ナースステーションに行きます」 「そうですね。誰もいない時は呼び鈴を鳴らしてもらえれば大丈夫です」  また頷いて、お箸を手に取った。  佐伯さんが病室を出ていくと、しんと静まり返る空気の中で一人、黙々と朝食を口に運ぶ。  食べ終わる頃には頭もすっかり覚めていて、「散歩するって言っちゃったな……」と内心少し面倒くさく思いながらも、運動は大事だと自分に言い聞かせる。  歯を磨き、顔を洗い、身嗜みを整えてからカードキーを手に取った。  廊下に出ると、まだ朝が早いせいか、人の姿はほとんどない。  静かな病棟を歩き、初めて見つけた開放的な空間――陽の光が柔らかく差し込む休憩スペースに辿り着く。  ソファに腰を下ろすと、身体の芯までじんわりと温まっていくようで、ほっと息が漏れた。  まぶたが少し重くなりかけたとき、「おはようございます」と声がした。 「っ……ぁ、おは、よう、ございま……」 「……すみません、いきなり」  驚いて顔を上げると、そこには柔らかな笑みを浮かべた青年が立っていた。  陽の光を受けた白い肌と、さらりと揺れる髪。その姿はどこか現実味が薄く、まるで陽だまりの中の幻のようだ。 「隣、座ってもいいですか?」 「も、もちろん、です……」  中性的で、どこか儚げな雰囲気。  緊張からか胸が妙にざわつく。 「僕、卯月静香っていいます」 「神木由良、です」 「おいくつですか? 僕は十八」 「二十一です」 「お兄さんですね」 「! あ、はい……」  お兄さんと言われた瞬間、くすぐったいような気恥ずかしさが胸を掠めた。 「由良さんも、この病棟にいるってことは……ECS?」  名前で呼ばれて、少し驚きつつも、頷く。 「そう、です。……卯月君も……?」 「静香って呼んでください。……僕もECSです。寒くてたまらなくて……。だから毎日ここで日向ぼっこしてるんです」  のほほんとした口調に、自然と緊張が緩む。 「毎日治療してるんですか?」 「えっと……今日はお休みです」 「そうなんですね。僕は今日も治療で……。僕の担当の先生ね、優しすぎるんですよ」 「優しすぎる?」 「うん。優しすぎて、怖いっていうか……」  その言葉の奥に、かすかな怯えが混じっていた。  これは聞いてもいい話なんだろうか。  分からないけれど、困惑したまま耳を傾ける。 「毎日頑張ってるつもりなんだけど、なんか……温かくなっても、すぐ冷めちゃうんです」 「……それは、治療が合ってないってこと……?」 「ううん、たぶん。持続性がないって言えばいいのかな。その時だけ、温かいの」 「……そっか。僕はまだ来たばかりだから詳しくないけど、先生か看護師さんに相談してみたら?」  静香君はふっと笑うと、僕の手に自分の手を重ねた。  冷たい。まるで、入院してきた時の自分のようだ。 「ほら、冷たいでしょ。昨日も治療したのに、こんな感じ」 「……」 「……由良さん、温かいね」  その瞬間、少し胸がいたんだ。  同情にも似た感情が、静かに滲む。 「卯月くーん」  不意に名前を呼ぶ声に振り向くと、知らない医者が立っていた。 「おはよう。またここにいたんだね」 「……おはよう、先生」 「そちらは? 新しいお友達?」 「うん。由良さん」 「おはようございます、由良さん。私は卯月くんの担当医の榊原といいます」  軽く会釈すると、榊原先生の視線が僕らのつないだ手に落ちる。 「……呼びに来たの?」 「うん。またご飯食べてないでしょ。日向ぼっこもいいけど、先にご飯を食べよう」 「……お腹空いてない」 「果物やヨーグルトだけでもいいよ。他に食べたいのがあるなら教えて」  静香君はムスッとした顔で手を離し、立ち上がる。 「由良さん、またね」 「うん、また」  去っていく背中を見送りながら、久しぶりに先生たち以外と話したことに気づいた。  胸の奥が、少しだけ温かかった。

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