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第3話
〈第三話〉
ミンミン、とこんな暑い中でも蝉は元気に活動している。その元気を少し分けて欲しいと春陽は思う。
彼らは一週間しか生きられないらしい。だからあんなにも必死に鳴くのだろうか。彼らの生命を繋ぐ行為がとても尊いと思う反面、春陽にとってはただの娯楽のようにも感じる。
エアコンの風量を最大にして、麦茶を煽る。体に張り付くシャツが気持ち悪い。とりあえずシャワーを浴びて、昼食のカップラーメンに湯を注いだ。
昼食後、ベッドに横になっているうちに、いつの間にかうたた寝していたみたいだ。突然鳴った携帯の着信に叩き起こされる。
陽月だといいな――そう思って見るディスプレイには“店長”の文字。はあ……と思わずため息をついて寝転んだまま電話に出る。
「……もしもし」
『あれ、今日は元気がないね』
明らかにがっかりした感じが伝わってしまったのだろう。春陽は気持ちを切り替えるように「そんなことないですよぉ」と答えた。
「さっき帰って来たので、まだエアコン付けたばっかりなんです。部屋の中蒸し風呂みたいで。仕事ですか?」
軽く嘘で受け流して、本題に入る。
『そう。高橋さんだけど、どうする?』
「高橋さん!」
名前を聞いた途端に、春陽は元気を取り戻してベッドから起き上がった。高橋はシュンの常連客の中で、一番若くて、一番紳士的だ。薄茶色のサラリとした髪の長身で、いつも穏やかな表情をしている。
『疲れてるなら断ろうか?』
「いえ、大丈夫です!」
俄然やる気が出て、春陽はクローゼットに向かう。
高橋はシュンが女の格好をするのをあまり好まない。だから彼と会う時だけは、シュンは男らしくスーツに身を包む。
と言っても、上等なスーツなんて持っていない。僕とのデート用に、と高橋の買ってくれたスーツが一番高級。だからそれを着る。
ディナーは落ち着いた雰囲気の店だった。フルコース料理でも、シュンが肩肘を張らずに食べられるように、高橋が選んでくれた。
料理のフルコースの食べ方は、実はよくわかっていない。気をつけていても、やっぱり時々ボロが出る。高橋はそんな時も笑って見てくれて、正しいマナーを教えてくれる。“お父さん世代”が多い客の中で、高橋だけは兄のようだった。
「最近はどうしてるの?」
いつものように、他愛もない会話から近況報告がスタートする。
「うーん……あまり変わらずです」
「学校もちゃんと行ってる?」
「はい。無遅刻無欠席です」
えっへんとシュンが胸を張ると、高橋は、偉いね、と笑った。
「シュンはいつも予約が入ってるから心配だよ。仕事も、シュンにとっては大切かもしれないけれど、忙し過ぎるのもね……」
「あ……すみません」
本当はそんなこと他人に心配されたくない。だけど高橋だけは別だった。
他の客のことや、自分の事は秘密厳守。しかし、唯一高橋だけは春陽が何故こんな仕事をしているか知っている。この人は自分を傷付けないと分かったから、春陽から話をした。もちろん、Ωであることも、身体を売ってることも知ってる。
高橋とは肉体関係はない。無くとも、この人は他の人以上に金をくれた。そのせいか、シュンもこの人の前でだけは素直にいられる。ありのままの、高校生でいさせてくれる人だった。
「相変わらず、常連客は変わらないの?」
「あ、はい。……でも、昨日は新規の方で……俺と同い年で、陽月って言って……」
つい、シュンは高橋に陽月の話してしまった。秘密厳守は何処行ったと、笑ってくれても構わない。
「陽月?」
名前を聞いて、高橋は驚きの表情を浮かべた。珍しいな、とシュンが思ったのも一瞬で、高橋はすぐにいつもの穏やかな表情に戻った。驚いたように見えたのは、シュンの見間違えだったのかもと思う程に。
「知ってるんですか?」
聞くと「いや」と高橋は軽く首を横に振った。
「知り合いに、似たような名前の子がいるから」
「そうなんですか。……すごくきれいな人で……男の人にきれいって変かもしれないですけど、忘れられないって言うか……」
思い出して、少し顔が綻ぶ。そういえば、陽月は少し高橋に雰囲気が似ているかもしれない。同い年なのに、シュンよりずっと大人だった。
「……シュンはその人が好きになっちゃったの?」
突然言われて、飲んでいたお茶を溢しそうになる。
「ち、違います。そういうわけじゃ……」
「そう? そんなに嬉しそうに他の人の話をするのは初めてだから」
高橋に指摘されて、シュンは戸惑った。好きとか、そんな感情ではない……気がする。
「そうじゃないです……多分」
所詮は陽月も客だ。シュンと陽月では生きている世界が違う。そう自分に言い聞かせて、少し凹んだ。
帰りの車内で、高橋はシュンに金をくれる。
「これであとどのくらいかな……?」
「……まだまだ残ってますよ。長い道のりです」
苦笑して返したシュンを見て、高橋はうつ向いて何か考え込んだ。もしかして悪いことを言ってしまったんだろうか、とシュンは心配になった。
「シュン」
「はい」
「僕がその借金を肩代わりする。だから……家に来ないか?」
「えっ!?」
一瞬、何を言われたのか理解が出来なかった。たから素直に驚きを返す。
「君を引き取りたい。こんな世界に、ずっと君を置いておきたくはないんだ。無論、君がこの仕事が好きなら、止めはしないけれど」
淡々と、けれど真剣な表情で高橋は続ける。
「買ってやる」と、命令口調で言うのがこの世界では自然かもしれない。それでも、こんな時にまで、高橋はシュンの気持ちを優先させてくれるようだ。
即決は出来ない。しては駄目だと、シュンも高橋から発せられる空気を読んで分かった。
「えっと、その……」
それでも、何が言葉を返さなければと必死に思考を巡らせるシュンの頭に、ふわりと高橋の手が乗った。よしよし、と慈しむように撫でられる。
その優しさに、甘えてしまいたいとも思う。
「もちろん、すぐにとは言わないし、しっかりと考えて答えを出して欲しい。シュンの人生が変わってしまうかもしれないからね。でも悪い話じゃないんだ。僕は本当に君が心配なんだよ……?」
※※※※
――借金をすべて払う。僕と一緒に暮らさないか。
高橋の言葉が、ずっとリピートを続けて春陽の集中力を欠く。
いつだって高橋は、真剣にシュンと向き合ってくれた。だから心が許せるのだ。高橋の前では子供の自分に戻ってしまう。
きっと一緒に暮らしたとしても、高橋は春陽を優しく包んでくれるだろう。
おそらく彼は純粋なαだ。αの中でもヒエラルキーの頂点に君臨しているのではないかと思う。居心地が良いなら、体の相性も良いかもしれない。
春陽にとって、負の要素は殆ど感じられない。願ってもない話なのに、何度考えても素直に「はい」とは言えない。なぜだか、その理由もよく解らない。
ぼーっとしたまま補習を終える。
真っ直ぐにアパートへ帰ると、携帯の着信に気付いた。
瀬野陽月――ディスプレイに映る名前に、春陽は胸を高鳴らせて、電話を折り返す。
数コールの後に受話器が取られた。
『もしもし』
「……あ……」
喜び勇んで掛けたはいいが、何を言うか全く考えていなかった。先に、『春陽』と陽月が名前を呼ぶ。
「あ、はい。あの……着信があって……」
理由はそれしかない。だから素直に言った。
『今日は会える?』
嬉しい誘いに、春陽は「もちろん!」と言いかけて、はっと口を閉じた。
「あ、はい。大丈夫です」
ドキドキが伝わらないよう、わざと声のトーンを落として告げる。
日が暮れてから、この前と同じ場所で待ち合わせをする。
これは仕事なのだろうか。店を通していなければプライベートかもしれない。そもそも、店を通さなくて良かっただろうか。後で知れたら怒られるかも。……そんな心配も入り交じる中で、春陽は無駄に前髪を弄った。変じゃないかな、と、もう何度手鏡を覗き込んだだろう。
おまたせ、という声に春陽は勢いよく顔を上げた。
「相変わらず、そんな格好なんだな」
陽月は春陽のスカートを見て言った。
「……嫌い? こういうの……」
似合わなかったのだろうか、それとも高橋のように男の格好が良いタイプか。少しだけ気分が落ちる。
「いや、無理をしているなら必要ないと思って」
「無理は……してない、かな?」
少なくとも今日は。いつになく、どの服を着ようかと、鏡の前でファッションショーしたくらいだ。
「なら良い。春陽はどんな格好でも可愛いから、気にしない」
陽月はそう言いながら、春陽の手を取った。車へとエスコートする間、繋いだ手が熱を持つ。汗ばんでいないだろうか、と普段はしないような心配をした。
先日のように夕食を摂り終わると、ホテルの客室へ向かった。広くて豪華な室内に見とれていると、陽月に後ろから抱きしめられた。ドキッと心臓が跳ねる。
「……春陽、週末だから明日は休みだろう?」
「はい……」
「なら、今夜は帰さない」
耳元で囁かれると、心臓の鼓動が陽月に聞こえてしまいそうだ。春陽は慌てて陽月の腕から抜け出す。
「あっ、あの、お、お風呂っ! お風呂入りますっ!」
興奮したように早口になってしまった。そんな春陽を見て、陽月が「どうぞ」と苦笑する。
「ついでに化粧も落としておいで。春陽には必要ない」
ざああっと流れる水音が聞こえなくなるくらい、これからの事を考えてドキドキする。
セックスなんて、ただ気持ち悪いだけだ。今まではそうとしか思わなかった。
けれど……何となく陽月とは違う気がする。求められて、嬉しいなんて……。
お風呂から出た春陽を、ぽんぽん、とベッドを叩いて陽月は呼んだ。自分の横に座れと理解した春陽は、言われた通りにベッドに腰かける。と、陽月は春陽に一枚の紙を差し出す。
「……何?」
よくわからないが、数字が書いてある。
99.999……何だろう、これ……?
「俺とお前のDNA鑑定の結果だ」
「え……?」
言いながら、陽月は春陽を抱き寄せる。
「証明されたんだよ。春陽が俺の双子の弟だって」
……は? 双子? 誰が?
「なに……言ってんの?」
安心しきった陽月の声とは対象的に、春陽は呆れたような笑いが出た。何を言っているのか、春陽には理解が出来ない。
「春陽は憶えてないかもしれない。だけど、俺はずっと探していたんだ。双子の……弟のお前を」
真剣に言われても、頭がついていかない。そもそも「あ、そうなんだ。陽月、俺のお兄さんなんだ」なんて、どの頭が理解出来る……?
記憶にもないそんな事を、こんな紙切れ一枚が証明しているなんて。
「……これ、返す」
陽月に紙切れを押し付けるように渡す。
「……信じないのか?」
「信じないも何も、信じられるわけない……」
「なぜ?」
「なぜって……だって……」
こんな話、信じられないのが普通なんじゃないのか? 信じられるほうが普通なのだろうか……?
「……春陽……ごめん、怒っているわけじゃないんだ……」
うつ向いてしまった春陽に、陽月はそっと触れる。
「お前が信じないって言うなら、それでもかまわない。だけど、もう俺の側からいなくならないでくれ……」
「陽月……」
「お願いだから……」
ギュッと抱きしめられた。
陽月の心臓の音がする。自分の心臓の鼓動と、ピタリと重なるそれが、あまりにも心地よくて春陽は瞳を閉じた。
「……春陽」
呼ばれて顔を上げると、唇が触れ合った。春陽は咄嗟に身体を引く。
「……キスは嫌いか?」
「ち、違う……」
陽月とするキスは嫌いじゃない。……嫌いじゃないと気付いてしまった。だから
「もし……兄弟なら、こんなの……変だよ」
だって“兄弟”だぞ? 兄弟でこんなこと……。
「気にするな。キスくらい昔からしてる」
「……アメリカ育ちだったの? スキンシップの一環?」
「まさか。純日本育ちだ」
それなら尚のこと分からない。
戸惑う春陽に構うことなく、陽月は優しい手で春陽に触れる。キスが嫌なら……と、額や頬に、繰り返し、繰り返し唇を寄せた。
「会いたかった」
「触れたかった」
「ずっと、こうしたかった……」
下心なんてない、澄んだ声が春陽の耳に届く。春陽はじっと、それを受けた。
頭の中では「駄目だ」と思うのに、まるで魔法にでもかかったかのように身動きが取れない。兄弟で……双子でなんて……避けるべき行為を、当たり前のように受け入れてしまう。
何人もの男としてきた汚い行為を、陽月と……。
「――っ、やっぱり駄目だっ!」
渾身の力で陽月の腕から抜け出す。バランスが崩れてベッドから滑り落ちた。だけどすぐ立ち上がって、後ずさる。
「やっぱり駄目だよ、こんなのっ!」
「春陽……?」
「こんなの間違ってる。だって双子だって陽月言ったじゃないか! なのにっ……」
陽月が悲し気に眉を寄せた。傷つけたのだと思った。だけど、もう遅い。
すく、と陽月が立ち上がる。それだけで、春陽の体は緊張した。
「あぁ、双子だよ。だけど、そんなの関係ないくらい、俺はお前を愛してる」
「あっ、あ、い、って……」
「愛しく思ってる。世界中の誰よりも」
強く言葉を紡ぐ陽月の気持ちを疑いたくはない。けれど……。
「違う、……違うよ。陽月のそれは愛とかじゃなくて……。俺は知ってる。嘘だって、その場を取り繕う為の言葉だって。“愛してる”とか“可愛い”とか、俺を抱く男のほとんどが言うんだ!」
自分で言っていて、呆れるほど幼稚な理由の上に、ワガママな子供みたいに涙が溢れる。怖いのだ。陽月の言葉は嘘ではないと分かるから。
触れ合うだけで、離れたくないと全身が言うのに。身体が重なってしまったら、本当に堕ちてしまう。
この人に、『本物』に、堕ちてしまう。
なのに……。
「春陽、おいで」
「……やだ」
「いいから、おいで」
伸ばされる手に、首を横に振る。
「……シュンと呼ぶなら来てくれる?」
「やだ! 俺、シュンじゃないっ!」
叫ぶ春陽に、陽月は静かに近づいた。恐怖を与えないようにそっと春陽の涙を拭って、囁く。
「愛してる。嘘じゃないと信じさせてやるから。もう一人で泣くな……」
ああ、嬉しくて心ごと溶けそう――この気持ちから抜け出すことなんて、もう出来ない。
少しずつ、服が脱がされていく。新しく覗く春陽の素肌に、陽月は愛しそうに口付けた。
こんなに優しくセックスが始まることなんて今までになくて、春陽は戸惑いながらも身を委ねる。陽月の唇がくすぐったい。
「……ん……」
いつになく漏れた甘い声に自分で驚く。陽月がクスッと笑った。
「我慢しなくていいのに」
「だって……」
「素直に感じてくれた方が嬉しい」
陽月はそう言って春陽の立ち始めた乳首を舐めた。
ピクンと反応を返す身体。舌を使って、押し潰すようにされたり、ペロリと舐められると、鳥肌が立った。怖いとか、そんなんじゃなくて、もどかしさと気持ち良さで……。
いつしか、ゆっくりと与えられる快感の中に素直に身を置いていた。まるで、抗う、という概念が消失してしまったようだ。陽月に衣類をすべて脱がされ、ベッドへと沈む。生まれたままの姿を晒すことなんて慣れているはずなのに、こんなにも恥ずかしいなんて。
「……きれいだ……」
春陽の素肌を見つめながらうっとりと陽月は言う。
そんなはずない。これまでいろんな男とセックスしてきた身体だ。きれいなわけがない。
「……気のせいだよ」
苦笑する春陽に言葉を返さず、陽月は春陽の腹へ唇を寄せた。そのままスルリと滑り降りて、春陽のペニスへとたどり着く。
「……っ、あ……」
陽月の口内に吸い込まれて、身体が跳ねる。
まるで壊れ物を扱うかのような愛撫。今まで経験したことのない優しい動きに、細胞のすべてが甘く痺れる。春陽の口をつく声も、作り物ではない。いつものように感じてる振りをしてる余裕なんて、これっぽっちもなかった。
「あ……っん……、陽月、はなして……」
陽月の髪を力なく掴んで嫌々する。
「何で? 気持ちいいんだろ?」
気持ちいい……。気持ちいいからなんだ。このままじゃ陽月の口に出してしまう。そんな汚いこと出来ない。
なのに陽月は離すどころかきつく吸い付いてくる。
「あ……――っ!」
一瞬にして、頭が真っ白になる。陽月の口の中で、自分のモノが脈打っているのが分かった。残らず吸いあげられると思わず腰が浮いてしまう。
陽月が春陽を離す。恐くて目が開けられない。
「……春陽」
動かない春陽の唇に、陽月は自分の唇を重ねる。
やっぱり“あの味”がして、春陽の瞳から涙が溢れた。男の精液がどんなに不味いか、春陽が一番良く知っている。喉を下すと、胸焼けするような感じがずっと後を引く。
顔に受けても、臭く汚い。汚れきったもの。それを、陽月の口内に出してしまった。ショックでしょうがない。
「春陽、何で泣くんだ……?」
「だって……、嫌だって言ったのに……」
「ごめん……」
陽月は気にしたように、春陽の涙を拭う。
「陽月にあんな汚いの……。俺、嫌だって……」
「汚くないよ、春陽のは。大丈夫」
正直、何が大丈夫なのか分からない。だけど陽月がそう言ってくれて、心なしか安心する。
「気持ちよかった?」
春陽が素直にうなずくと、陽月はにこりと笑ってから、さらにその下へと指を這わせた。陽月の指先が入口を撫でて、あふれ始めた愛液を掬った。
「っえ……?」
春陽は、一瞬何が起こったのか分からなかった。陽月の指が滑るほど、とろとろと蜜を溢していたから。
こんなの初めての経験だった。もちろんΩであるから、行為が始まれば女性器同様濡れてはくる。けれど、こんなにもとめどなく濡らしたことはない。
「よく濡れてる……偉いね」
信じられないほど淫乱なそこを、陽月は罵らず、褒めてくれた。どくん、と春陽の奥が歓びに揺れる。
春陽の中を傷付けないよう、ゆっくりと陽月の指が侵入してくる。小さな喘ぎと共に腰が揺れた。
陽月は春陽の上に被さって、反応を確かめるように中を探る。甘い、切ないような気持ちよさがそこから広がっていく。
「あっう、ぅん……」
「可愛い……」
声をもらす唇に、陽月が口付ける。“可愛い”も言われ慣れてきた言葉なのに、陽月が言うと違って聞こえるから不思議だ。優しい、本物の声……。全身から温かい思いが沸き上がる。
「陽月、っあぁ……」
「……ん? ここ、好き?」
「うん、好きぃ……、気持ちいい……」
素直に言うと、陽月は嬉しそうにそこを撫でた。ビクンビクンと身体が跳ねる。
あぁ、このまま繋がれたら、どんなに気持ちいいだろう……。
「陽月……入れて……?」
思いがそのまま口をついて、春陽自身が驚く。陽月も驚いた顔で春陽を見ていた。自分で求めるなんて、恥ずかし過ぎて顔から火が出そうだ。
「春陽……俺が欲しい?」
陽月に聞き返されて泣きそうになる。
さっきはするのを拒否したくせに。何を言っているんだろう。やっぱり気持ちいいからって、都合が良すぎる。
「あ、あの……ごめんなさい……」
「俺が欲しい……?」
謝罪の言葉は無視して、陽月はもう一度聞く。
「いや、その、……俺、図々しいこと言って……」
「春陽、本当のことを聞かせて?」
真っ直ぐな瞳に見つめられて、春陽は戸惑う。
言っていいんだろうか?
求めていいんだろうか?
怒られない?
嫌われない?
言わない方が……怒る?
言わない方が嫌われる?
「…………陽月に……入れて欲しい……」
ギュッと瞳を閉じて、弱々しい、小さな声で言った。
春陽の中から指が抜かれ、代わりに脈打つモノがあてがわれる。優しいキスをくれたかと思うと、一気に奥まで陽月が入ってきた。
「――っ、あ……」
肉襞がすぐに陽月にまとわりつく。それが春陽にもわかってしまった。やっと欲しいものが手に入ったと、歓喜する。これがΩの性か、と春陽は淫乱な自分を責めた。あぁ、罵られる……。
「……温かい……。これが春陽の中なんだな……」
陽月の口から出た言葉に耳を疑う。
……温かい? そんなきれいなものじゃないのに……。
ゆっくりと瞳を開けると、陽月は幸せそうな顔をしながら、春陽の髪を撫でた。
「……ずっと、ずっとこうしたかった。いつかこの手で春陽を抱きたかった……」
「陽月……?」
「愛してる、春陽」
途端に、ぶわっと涙が溢れた。
陽月が、泣きそうな程幸せそうに笑ったからかもしれない。無くしたものを見つけた子供みたいに。 春陽を大切に抱き締めてくれたからかもしれない。
もし、本当に双子だと言うのなら、陽月とこうなる運命だったのだろうか……?
春陽が陽月を求めるのも。
陽月が春陽を求めてくれるのも。
魂が、繋がりを求めるからなのかもしれない。
陽月とのセックスは、今まで体験したどの男とも違って、特別な事のように思えた。遊びでも、欲を解消する為じゃなく、愛情が伴う行為なんだ、と春陽は自覚する。
「あっ、あ……んぅ……」
「春陽……、春陽……」
「陽月っ、いやだっ……、イっちゃうよぉっ!」
「いいよ、何度だって……」
「んぁっ、……や、イクっ、……あ、ぁ――っ!」
春陽がどんなに自分から腰を振ってしまっても、陽月は決して“淫乱”だとは言わなかった。
むしろ、求める行為が当たり前のような、そんな感情に満ちていた。
可愛い。愛しい。
春陽が欲しい言葉を、陽月は繰り返し伝えた。けれど春陽はどうしても、素直に答えることは出来なかった。
陽月の言葉に、
「俺も」
そう返すことは出来ない。
何度求められたって、春陽と陽月では、生きる世界が違うのだから。
「帰したくない……」
別れ際、駄々を捏ねる子供のように陽月は言う。
「帰したくない、離したくない」
春陽は耳を塞ぎたくなった。これ以上聞いていたら、春陽だって離れられなくなる。
「良かったらまた指名してください。それじゃ!!」
春陽はそう言い捨てて陽月に背を向ける。返事も聞かずに、全力でその場を駆け出した。
玄関に飛び込むなり嗚咽が漏れた。服が汚れるのも気にせず、ずるずると力なくその場に座り込む。溢れる涙で前が見えない。
あんなに優しく抱いてもらったのに。
あんなに優しい言葉をかけてもらったのに。
恩を仇で返すような行為しか出来ない自分が、嫌いだ。
出来ることなら、春陽だって陽月の側にいたい。離れたくない。
陽月と双子だと、信じたい……。
「……何で何も教えてくれずに死んじゃったんだよ、母さん」
八つ当たりするように呟いた。
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