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「くしゅん!」
「あ。芝恵(しばえ)くん、また耳が出た」
「あぁぁあ~」
休み時間、夕汰の友達の芝恵はぴょこんと飛び出た自分の【けもの耳】を両手で引っ張った。
「花粉症だったっけ?」
「え~、自覚なかったけどな~」
そう言う芝恵のほっぺたはほんのり赤く、自分の席についていた夕汰は「なんか顔赤いよ? 熱があるんじゃない?」と心配した。
「ひょっとして恋の季節?」
【化けぎつね】の白洲が近くへやってきて、愛嬌ある丸っこい【けもの耳】をまじまじと見下ろされた芝恵は両手で頭をさっと隠した。
「それ、発情期だって言ってる? んなわけないもん。オレは【ひと】寄りの混種だし~?」
【化けもの】の血を継ぐ者の中には発情期に入る者が一部存在する。
発情の度合はそれぞれ異なり、顕著な場合は自宅待機が課せられた。
「まー、確かに。発情期になるのは【化けもの】寄りの混種が多いって聞くけど。わかんないよー?」
「昨日、体育のときに尻尾と耳出してた白洲も怪しいんじゃ~? ポカポカしてきてムラムラしてるんでないの~?」
茶金髪で糸目の白洲と小柄な芝恵があーだこーだ言い合っているのを他所に、夕汰は、ちらりと窓際の席に目を向ける。
午前中の日差しを浴びる丞がそこにいた。
いつものように混種の陽キャ優等生らに囲まれ、輪の中心となって和やかに談笑していた。
日の光がキラキラと瞬いているような。
常に姿勢よく凛とした眼差しでいる丞がいると、ありふれた光景がまるで映画のワンシーンさながらに絵になって見えた。
(あの夢の中の誰かって)
もしかして御社くんなのでは……。
「いや、なんでやねん」
ついついセルフツッコミを入れた夕汰に芝恵と白洲はきょとんとする。
(変なこと考えちゃったな)
なんでそんなこと思ったかな。
おれは人格者ヒーローな御社くんに唯一煙たがられてるモブキャラなのに……。
「おっちょこちょい君も顔赤いのね、ひょっとして発情期?」
「お……おっちょこちょい君……」
「ゆーたくんだってば。草ノ間夕汰。中学生のノリでからかうなよな、白洲~」
「見た目が中学生の奴に言われたくないよー」
憤慨する芝恵にコンコン笑った後、白洲は夕汰までまじまじと見下ろしてきた。
「おっちょこちょいゆーたん」
「お……おっちょこちょいゆーたん……」
「ちゃんと丞君には挨拶済ませてんの? この神渡島を統べる大地主・御社一族のご子息ですよ? スーパー高校生ですよ?」
(初日に挨拶は済ませたけど……それから一言も話してないけど)
「ゆーたんはどんな耳が生えてくるの? やっぱりハムスターの耳?」
癖のないサラサラした髪質の夕汰は、白洲に頭をよしよしと撫でられて目を丸くさせる。
そのときだった。
「白洲」
おしゃべりで騒がしかった教室の喧騒を一刀両断した呼号。
呼ばれた白洲はまたしても耳と尻尾をぼふんと出し、他のクラスメートは一斉に口を閉ざして彼の方を向いた。
白洲を呼んだのは丞だった。
彼のそばにいた同級生もかたまっている。
やはり何人かは白洲と同じく尻尾や耳を出していた。
一見して怒りや苛立ちは見て取れない、そこまで大声を上げたわけでもない、ただ有無を言わせない一声で周囲を沈黙させた丞は言う。
「もう先生が来る」
教室中がシンと静まり返った三秒後、次の授業担当である教師が教室へ入ってきた。
「ん? 珍しく今日は静かだな?」と、何も知らない教師が面食らっている間に鳴ったチャイム。
ぎこちない動きで席につく生徒達。
白洲に至っては「はわわ……たまげた……コンコン」と情けなく鳴きながら席に戻っていった。
一人、丞だけがいつもと変わらない様子で授業の準備を速やかに終えていた。
夕汰はやや震える手で引き出しから教科書を取り出す。
(ごめん、白洲くん……きっとおれと話していたからだ)
苦手な同級生が自分の友達と話しているのが癪に障ったのかもしれない……。
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