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3-1-化けもの
「今思い出してもタマタマが縮んじゃう」
「芝恵くん……」
「あんな御社君、初めて見たよ~。おっかなかった~」
「……」
「白洲もタマタマ縮んじゃっただろうな~」
「し、芝恵くん……」
放課後だった。
芝恵と共に美化委員である夕汰は、掃除用具点検を済ませて下校しているところだった。
「でも変なの~。白洲以外のみんなも騒いでたのに白洲だけ注意されるなんて。あいつ、なんか御社君を怒らせちゃうようなことしたんでは? でもな~、あの御社君が怒るなんて前代未聞というか」
「……」
高台にある学校下のバス停で芝恵と別れ、夕汰は、西日の降り注ぐ街をてくてく歩いて帰る。
(おれの何が駄目なんだろう)
教えてもらえるのなら直したい。
でも、直せるレベルのものじゃなかったら……空気感とか染みついたものだったら……。
「お手上げだ」
リュックを背負った夕汰はため息をついた。
人通りのある表通りをてくてく、てくてく、ひたすら前進する。
焼き鳥の香ばしい匂いがする商店街を抜けて、裏通りへ。
自宅へ近づく頃には大分日も傾いて覚束なくなる影法師。
お山へ帰るカラスの鳴き声がどこからともなく頭上から聞こえてきた。
住宅街に続く裏通りを歩いていた夕汰は、古びた石づくりの階段に差し掛かる。
階段を上った先には神社があった。
小さい頃、現在住んでいる祖父母の家へ遊びにきた際に立ち寄っていたらしいが、夕汰はあまり覚えていなかった。
(この神社、ちょっと不気味で怖いんだよな)
無人神社で独特の雰囲気があるっていうか。
子どもの頃のおれ、よく平気だったなぁ――。
「え?」
鳥居の前で夕汰ははたと足を止める。
空きテナントが目立つ雑居ビルの間にある長い階段の先を凝視した。
(なんか……今……)
声がしたような。
気のせい……?
「……、……」
(いや、やっぱりなんか聞こえる!)
青ざめた夕汰はきょろきょろと辺りを見回し、何ら反応するでもなくスマホ片手に自分を追い抜いていった通行人を呆然と見送った。
(これは……なんかこう……)
痛がっているような。
苦しんでいるような……?
「ッ……」
助けを求めていそうな声だとわかった瞬間、夕汰は動いた。
鳥居を潜り、ビルの壁面と手摺りの間から無造作に伸びた草木が風に震える中、ひび割れた石階段を駆け上がった。
クスノキなどの常緑樹の深緑に囲まれた境内。
一陣の風が吹いて夕闇に葉が舞い散る。
四月に芽吹く新緑の香りも境内を駆け巡った。
(あ。この景色、匂い、覚えが……)
一瞬、回想の波に攫われかけた夕汰だが、痛々しげな声がはっきり耳に届くと我に返った。
「どこ? どこにいるの……?」
いざとなったらすぐに救急車を呼べるよう、リュックに入れていたスマホを取り出し、人気のない薄暗い境内を忙しげに見回す。
賽銭箱のある拝殿前には年季の入った対の台座があり、狛犬が鎮座していた。
……いや、狛犬というよりも、それは――。
「あっちの方から聞こえる……?」
声は拝殿の裏からしていた。
スマホを握り、リュックを抱え込んだ夕汰は迷わず向かう。
古びた拝殿を迂回し、境内に唯一設置された外灯の明かりすら届かない、宵闇の方へ……。
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