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「あ」 夕汰は息を呑んだ。 竹藪が迫る暗がりの中心で一段と深い暗闇が蠢いている。 よく目を凝らせば。 深い暗闇だと思ったのは今にも夜に紛れそうな深黒の毛並みであった。 鋭く立ち上がった立ち耳。 地面に食い込んだ強靭な爪。 不穏に揺らめく尾。 荒々しく吐き散らされる息は静寂を脅かすかのようだった。 「……君は……」 夕汰は初めて目の当たりにするソレに無意識に声を洩らす。 台座に鎮座していた守護獣と同じく、姿かたちは犬というより狼に似ている、しかしその大きさは通常の狼の優に二倍以上はあった。 「……誰だ……」 人語を発する獣。 いや、紛うことなき【化けもの】だ。 それまで閉ざされていた目がゆっくりと見開かれていき、血潮にも似た朱色の双眸に夕汰は改めて驚愕する。 (この迫力、このオーラは……【化けもの】寄りの混種というよりも純血そのものなんじゃあ……) でも、何だか、苦しそう……? 怪我してるとか……? 「ハァ……ッ」 大きな口がガバリと開かれ、ずらりと並んだ牙に夕汰はヒッと身を縮こまらせたものの、やはりどこか苦しげな様子に焦った。 (きゅ……救急車呼ぶ? でも混種や【ひと】向けの病院で【化けもの】って診てもらえるんだっけ!?) 「むしろ動物病院……? いやいや……」 こうも完璧な【化けもの】と接触するのは初めてで対応に迷っていた夕汰は、ふと視界の端に引っ掛かったものにさらなる動揺を誘われた。 息苦しそうに悶える【化けもの】のそばに落ちていたのは学生鞄だった。 自分が通う学校指定のもののようだ。 (……まさか、ひょっとして――) 導き出された一つの憶測に硬直した夕汰の視線の先で。 草花が芽吹く地面の上で苦しんでいた【化けもの】が瞬きよりも短い速さで別の姿へと変わった。 夕汰は限界いっぱい目を見開かせる。 詰襟を纏った丞がそこにいた。 純血の【化けもの】であり続ける御社一族。 神様に最も近く、神様に愛された彼等の祖は【化けがみ】と呼ばれ、【ひと】や他の【化けもの】からも崇められてきた……。 「御社くん……!!」 夕汰はスマホもリュックも放り投げて駆け寄った。 美しい深黒の巨狼姿であったときと変わらず、地面に這い蹲って苦しんでいる丞の元へ。 「大丈夫!? どこか痛いの!?」 下を向く丞の顔を覗き込み、普段の藍色とは違う朱色の瞳にどきっとした。 (【けもの】のときもだったけど、なんでこんなに目が赤いんだろう?) 下を向く丞の顔色はそこまで悪くないようだった。 ただ発汗しており、息も未だに荒く、眉間には縦皺が深々と刻まれていた。 (これは……やっぱり救急車を呼んだ方が……) 草むらに放り投げたスマホを取りに戻ろうとした夕汰だが。 いきなり腕を掴まれたかと思えば、あっという間に彼の下に引き摺り込まれて、それは叶わなかった。

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