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第2夜-1
あの夜から数週間後。2度目の仕事の日がやってきた。
アゲハに車で連れてこられたのは、都心から少し離れたところにある、年季の入ったホテルだった。
今回は客側がホテルを用意して、そこに蘭が行くらしい。
「じゃあ、終わったら連絡して。支払いの受け取りは教えた通りにね」
「今日はアゲハは来ないの?」
アゲハが苦笑する。
「こないだは初めてだったし、こっちが用意したホテルだったからね。毎度見られてたら、蘭も落ち着かないでしょ?それに、綺麗な女性たちならまだしも、オジサンのセックスみても面白くないし」
「……最後のが本音じゃないの?」
じとっと睨んでみると、アゲハはくすくすと笑うだけで答えようとしない。
はぐらかすように、彼はぽんぽんと蘭の頭を優しく撫でる。
「今回の客も常連だから、色々と勝手がわかってる。だから、心配しなくていいよ。行っといで。…ちゃんと待ってるから」
蘭はむすっとしながら「わかった」と言って車から降りる。
小さくクラクションを鳴らしてから、アゲハの車は去っていった。
蘭は、アゲハから男性客もとることを提案されていた。向いてるから、とかなんとか言われて。
そして、講習と称してアゲハに抱かれた。もちろん、男とのやり方、男を喜ばせるためのテクニックも学んだけれど、最後はなし崩しに気持ちよくされて終わっていたので、講習だか何だか正直よくわからなかった。
性欲の捌け口にされただけなのか、ただ蘭を抱きたいと思ってくれてるのか──
そこまで考えて、蘭は自虐的に笑う。そんなふうに盲目になれるほど、馬鹿にはなりきれなかった。
明言はしてないけれど、アゲハには蘭以外にもこうやって世話をしている子たちがいるんだろう。
きっと、同じように優しくされて、抱かれて──
蘭は思わずぶんぶんと頭を振る。
考えたって仕方のないことだ。…考えたくもない。
誰も見ていないのをいいことに、はあ、とため息をついてから重い足取りで指定された部屋へと向かった。
☆
「いらっしゃい。待っていたよ」
扉を開けると、ワイシャツ姿の中年の男がいた。
その年齢にしては小綺麗にしていそうだけど、そうは言ってもオジサンだ。ただ、オジサンだろうがイケメンだろうが美女だろうが、蘭にとっては一緒だった。──アゲハ以外は。
「スズランです」
そう名乗って会釈をする。その名前を、アゲハは仮の名前として名付けたみたいだったけど、他にいいものなんて思いつかなかった。何より、アゲハがつけてくれた名前だから、蘭はこの名を使うことを決めていた。
「シャワー浴びましょうか」アゲハに教えられた通りそう提案して、男性客とシャワールームへと向かった。
一緒にシャワーを浴びた後、先に着替えた男性客が髭を剃る中、蘭が身なりを整える。
「痛っ」
そう声をあげる男性客に、蘭がハッとする。
どうしたんですか、と声をかける前に目に映った光景に、蘭は目を見開いた。
彼の唇の上に小さな線が走って、そこからぷっくりと血の玉が浮かんでいる。艶のある鮮やかな赤。
男性客は蘭に視線をやって苦笑している。
「いやあ…うっかり切ってしまって。大したことないから気にしないで──」
男性客のセリフを遮るように、蘭が彼の傷口に舌を這わせる。
驚く客に、赤い血の滲んだ舌を見せつけながら、蘭が妖艶に微笑んだ。
客がゴクっと生唾を飲み込むのがわかった。
「…ベッド、行きましょうか」
蘭がそう誘うと、曖昧に頷きながら男性客が歩き出す。
蘭は無意識のうちに口角を上げていた。
──こんなオジサンのものでも、綺麗は綺麗なんだな。
以前の自分ならとてもしないような行動をしたことを、蘭は自然と受け入れていた。
むしろ、こんな常軌を逸したとも言える行動をする自分の方が、本来の自分のような気すらする。アゲハと出会ってから、自分を抑えなくていい瞬間が増えて、解放された気持ちだ。
アゲハの血は、もっと綺麗なんだろうな。想像しただけでうっとりと気持ちが浮ついた。
男性客との行為自体は、良くも悪くもなかった。
丁寧に扱ってくれるし、無茶な要求もしてこないし、きっと良い客なんだろうとは思う。
だからこそ、今の蘭には物足りなかった。
蕩けそうなほど甘やかされながら、知らぬ間に咬み殺されているんじゃないか。そんな甘くてヒリヒリするアゲハとの夜を覚えてしまったから。
今は、他の誰かに優しく「スズラン」と名前を呼ばれても、何一つ心が動かない。
蘭が、上に覆い被さる男性客の体を引っ張って転がすと、いとも簡単に形勢逆転した。
彼の上に乗って、深く繋がる。息を荒らげながら腰を揺らし、あの日の熱を思い起こした。
初めて彼と繋がった日の、衝動と昂りを。
下にいる男を見下ろしながら、恍惚とした表情を浮かべて舌を舐める。息を呑む男性客の顔は、蘭には見えていなかった。
ああ、早く──アゲハに会いたい。
あの傷に触れて、繋がって……溶かされてしまいたい。
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