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第2夜-2

仕事をつつがなく終えて、蘭は部屋を出た。 男性客は満足したようで、えらく機嫌の良い様子で礼を言われた。 ホテルを出るまで待てず、廊下を歩きながらスマホを取り出してアゲハに電話をかける。 2、3コール後、アゲハが電話に出た。 『お疲れさま。もう待ってるよ』 玄関を出ると、グレーのセダンが近くに停まっていた。蘭は電話を切り、車に乗り込む。 「時間通りだね。ほんと、あの人きっちりしてる」 アゲハが苦笑する。男性客のことを言っているんだろう。確かに、真面目そうでちゃんとしていて──つまらない男だった。 「あ、これ…」 蘭が封筒をアゲハに手渡す。客から受け取った代金だ。 アゲハは「ありがと」と言うと、中をざっと確認する。五千円札を一枚だけ抜き取り、残りをそのまま蘭に押し返した。 アゲハは送迎もセッティングもすべて引き受けておいて、手数料をほとんど取ってこようとしない。金にはまるで執着がないようだ。 本業は別にあると言っていたから、副業としてやっているのかと思ったけれど、彼が言うにはこれはらしい。 目的は金じゃない。…だとしたら、アゲハはどうしてこんなことをしているんだろう。 気にならないわけじゃなかった。けれど、今はそんなことどうでもよかった。 「アゲハ」 名前を呼んで、その腕に触れる。蘭はじっと彼を見つめるだけで、その先を口にすることができなかった。 少しでも言葉にしてしまえば、溢れて止まらなくなりそうだったから。 そんな蘭の気持ちを知ってかしらずか、アゲハはくすっと笑って、彼の頬を優しく撫でた。 「──ホテル、取ってあるから。こんな安っぽいラブホじゃなくて、もっと良いところ」 低く囁いてくる声に、胸が高鳴る。俯いて顔を赤くする蘭に小さく笑ってから「じゃあ、出るよ」とアゲハは車を走らせた。 ☆ 連れてこられたのは新宿のビジネスホテルの高層階。 陽はとっくに落ちて、窓からは外苑の緑を覆い隠すような闇を煌びやかな街の灯りが照らしているのが見えた。 「ここも綺麗でしょ、夜景。まあ、こないだのところと比べられると困るけど──」 蘭はアゲハが扉を閉めたのとほぼ同時にその体に抱きつく。 「あんな温いセックスなんかじゃ、物足りなかった」 あまりにも直球なセリフに、アゲハが目を丸くする。 「AVをなぞったようなやり方とか、独りよがりな触り方とか…つまんなくて仕方がなかった。俺がいく前に自分だけで満足するし。あそこだって、物足りなくて──」 遮るように、蘭の唇をアゲハが塞ぐ。長い指が蘭の後頭部、首筋に這う。指輪が首に当たって、ひやっとした感触に首を竦めた。 熱い舌が絡むとぞくぞくと体が痺れて、下半身がびくっと震える。 アゲハがくすっと笑って蘭の頬をすす…と撫でる。 「…先にシャワー浴びておいで。──俺が蘭の物足りなさ、埋めてあげるから」 ぎゅっと心臓を掴まれた気持ちになった。いやだ、いますぐ抱いてほしい。 溢れ出そうな気持ちをなんとか抑えながら、蘭はこくんと頷いた。 ☆ 「はぁ…っ…アゲハ…ああっ」 アゲハの上に座りながら、アゲハの肩を掴んで、ほとんど無意識に腰を動かす。アゲハが蘭の太腿を掴んで、下から蘭の気持ちいいところを的確に突いてくる。 「んん…ぁ…っ…だめ…っ」 押し寄せる快感に耐えきれずに逃げようとする蘭の腰をアゲハが掴む。バランスを崩して蘭の背中がベッドに倒れたのをいいことに、正常位の体勢になってアゲハが自身を蘭の中に押し込んだ。 嬌声を上げる蘭の中を容赦なく攻めてくる。 快感でぽろぽろと涙が流れる。滲んだ視界に、2匹のアゲハ蝶が浮かんだ。 胸にある方にそっと触れる。 閉じ込められて2度と飛べない漆黒のアゲハ蝶。 痛みを刻み込んだ彼の体が、やけに美しく蘭の目に映った。 アゲハ蝶に触れた手を取られて、手首に優しくキスされた。 「はぁ…っ…そっちもいいけど──俺のこと、見て。蘭」 甘い声で囁かれ、熱い瞳に捉えられる。目が合うと下腹部が強く疼くのがわかった。 きゅうっと中が収縮して、蘭は声にもならない声を上げながら、絶頂を迎えた。その後でアゲハが顔を歪め、ゴム越しに熱いものが流れ込むのを感じる。 息を整えていると、耳に口付けられる。リップ音がダイレクトに響いてびくっと脚が震えた。 「…満たされた?」 唇で触れられながら囁かれると体がそわそわして、身を捩らせる。はあ、と息を漏らしながら、蘭はアゲハの首筋に目をやった。 色白の肌に浮かぶ血管。 ──この人の血は、どんな赤色をしているんだろう。白い肌に映える鮮血を想像して、ぞくっと胸が高鳴った。 見たい。欲しい。アゲハ。アゲハが── 「──足りない」 思わずそう零す。すると、アゲハはくすっと笑ってから「俺も、そう思ってた」と囁いて、すかさず蘭の唇を塞ぐ。 その後のことは、蘭はもうあまり覚えていなかった。

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