15 / 36

第3夜-1

「アゲハはいつからピアス開けてるの?」 とある仕事終わりの後、ホテルのベッドで横たわりながら訊いてみる。アゲハは「ああ」と曖昧に溢しながらピアスを指で弄る。少し考える素振りを見せてから口を開いた。 「15…16?とか。初めてセックスした女の子に開けてもらった」 付き合った女の子、と言わないところに違和感を覚える。けどそれよりも、病院とか店とかじゃなくて、個人的に深い関係の人に開けてもらった、ということに嫉妬心が湧いてくる。 「妬いてる?もう5年くらい前のことなのに」 蘭の表情を見て、アゲハがくすくすと笑う。わかってて聞いてくるところが意地が悪い。 むすっとしていると、耳たぶをふにふにと触られた。くすぐったくて身を捩らせる。 「蘭も開ければ?似合うよ、きっと」 「じゃあ──アゲハが開けてよ。それならいいよ」 無責任なことを言うアゲハを困らせてやりたくなって、そんなことを言ってみる。アゲハは案の定、戸惑いながら笑う。 「…蘭は俺を困らせるのが好きだね」 困ったように笑うアゲハに、少しだけ胸がちくちくする。相変わらず仕事は回してくれるし、良くしてくれてるとは思うけれど、あと一歩踏み切れない関係であることはわかっていた。 いつでも体は触れられる距離にあるのに、心の前にどう足掻いても割れない固い壁が立ちはだかっている。 「じゃ、開けてあげるよ」 だから、そんなふうに言ってくれたアゲハに、蘭は目を丸くする。「いいの?」と言うと「蘭が言ったくせに」と笑う。 「色々準備してあげるから、数時間くらい時間取れる日教えてよ」 「明日は、授業ないけど…急かな?」 明日か、と少し考えてから、アゲハが口を開く。 「じゃ、明日一緒に道具買いに行って、俺の家で開けよっか」 え、と声を漏らす。 「家…行っていいの?」 「…うん、いいよ。──特別ね」 アゲハは人差し指を唇の前に立てて、そう囁く。どきっとするけれど、同時にすぐ冷静になってしまう自分もいた。 自分だけが特別に家に上げてもらえる、なんて思えるほど馬鹿にはなれない。それでも、アゲハを諦めるなんてことはとてもできない。そんな自分が惨めに思えた。 「嘘つき」と呟くと、アゲハは眉を下げて肩を落とした。 ☆ 次の日ホテルを出た後、買い物を済ませて向かったのは、新宿の閑静な住宅街にある低層マンション。高級ビジネスホテルのような門構えを人工の緑が囲っている。 室内は白で統一された内壁に開放感のある空間。外観の雰囲気と違わず、清潔感が漂っている。ただ、壁一面の窓とか大理石の床…みたいなあからさまな高級マンションを想像していたので、1LDKのシンプルな部屋だったのは少し意外だった。 そうは言っても1人で住むには十分すぎるほど広い。けれど、家具は必要最低限しかなくて、なんなら、蘭の住む狭いワンルームにある物よりも少ないかもしれない。 「とりあえず片方にしときな。どっちの耳にする?」 「どっちがいいとかあるんだっけ?」 「まあ…男は基本左につけるよね」 「アゲハは右だよね」 そう指摘すると、アゲハが苦笑する。 「よく知らずに開けたんだよね。俺も開けた人も。ま、俺どっちもいけるから、結局よかったんだけど」 アゲハの発言に、蘭が首を傾げた。 「どういうこと?」 「男が右だけにつけると、同性愛者って意味があるんだって。日本だと気にしない人も多いけどね」 くすっと艶っぽく笑うアゲハにどきっとする。 アゲハとお揃いにしたい気持ちもあったけど、蘭は同性愛者という自覚はないし、性別でアゲハに惹かれているわけじゃないので、なんとなく癪だった。 「俺は左にしようかな」と言うと「それがいいよ」とアゲハも頷く。 「冷やす?ちょっと時間かかるけど、痛みはマシになるらしいよ」 一瞬迷ったけれど、蘭は断った。アゲハは「らしい」と言っていたから、アゲハも冷やしたりしていないんだろう。 正直、蘭はピアスとかアクセサリーには興味がなかった。ただ──アゲハと、同じ痛みを味わいたい。それだけの気持ちだった。 ソファに2人して腰掛ける。マーキングの後、消毒してもらって、いよいよアゲハの手がピアッサーを蘭の左耳に押し当てる。 耳朶は鈍感なのか、針が軽く当たるくらいじゃあまり感覚がなかったけれど、さすがに緊張して動悸がするのがわかった。 「──行くよ」とアゲハが囁く。「うん」と少し震えながら蘭は返事した。

ともだちにシェアしよう!