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第3夜-1
「アゲハはいつからピアス開けてるの?」
とある仕事終わりの後、ホテルのベッドで横たわりながら訊いてみる。アゲハは「ああ」と曖昧に溢しながらピアスを指で弄る。少し考える素振りを見せてから口を開いた。
「15…16?とか。初めてセックスした女の子に開けてもらった」
付き合った女の子、と言わないところに違和感を覚える。けどそれよりも、病院とか店とかじゃなくて、個人的に深い関係の人に開けてもらった、ということに嫉妬心が湧いてくる。
「妬いてる?もう5年くらい前のことなのに」
蘭の表情を見て、アゲハがくすくすと笑う。わかってて聞いてくるところが意地が悪い。
むすっとしていると、耳たぶをふにふにと触られた。くすぐったくて身を捩らせる。
「蘭も開ければ?似合うよ、きっと」
「じゃあ──アゲハが開けてよ。それならいいよ」
無責任なことを言うアゲハを困らせてやりたくなって、そんなことを言ってみる。アゲハは案の定、戸惑いながら笑う。
「…蘭は俺を困らせるのが好きだね」
困ったように笑うアゲハに、少しだけ胸がちくちくする。相変わらず仕事は回してくれるし、良くしてくれてるとは思うけれど、あと一歩踏み切れない関係であることはわかっていた。
いつでも体は触れられる距離にあるのに、心の前にどう足掻いても割れない固い壁が立ちはだかっている。
「じゃ、開けてあげるよ」
だから、そんなふうに言ってくれたアゲハに、蘭は目を丸くする。「いいの?」と言うと「蘭が言ったくせに」と笑う。
「色々準備してあげるから、数時間くらい時間取れる日教えてよ」
「明日は、授業ないけど…急かな?」
明日か、と少し考えてから、アゲハが口を開く。
「じゃ、明日一緒に道具買いに行って、俺の家で開けよっか」
え、と声を漏らす。
「家…行っていいの?」
「…うん、いいよ。──特別ね」
アゲハは人差し指を唇の前に立てて、そう囁く。どきっとするけれど、同時にすぐ冷静になってしまう自分もいた。
自分だけが特別に家に上げてもらえる、なんて思えるほど馬鹿にはなれない。それでも、アゲハを諦めるなんてことはとてもできない。そんな自分が惨めに思えた。
「嘘つき」と呟くと、アゲハは眉を下げて肩を落とした。
☆
次の日ホテルを出た後、買い物を済ませて向かったのは、新宿の閑静な住宅街にある低層マンション。高級ビジネスホテルのような門構えを人工の緑が囲っている。
室内は白で統一された内壁に開放感のある空間。外観の雰囲気と違わず、清潔感が漂っている。ただ、壁一面の窓とか大理石の床…みたいなあからさまな高級マンションを想像していたので、1LDKのシンプルな部屋だったのは少し意外だった。
そうは言っても1人で住むには十分すぎるほど広い。けれど、家具は必要最低限しかなくて、なんなら、蘭の住む狭いワンルームにある物よりも少ないかもしれない。
「とりあえず片方にしときな。どっちの耳にする?」
「どっちがいいとかあるんだっけ?」
「まあ…男は基本左につけるよね」
「アゲハは右だよね」
そう指摘すると、アゲハが苦笑する。
「よく知らずに開けたんだよね。俺も開けた人も。ま、俺どっちもいけるから、結局よかったんだけど」
アゲハの発言に、蘭が首を傾げた。
「どういうこと?」
「男が右だけにつけると、同性愛者って意味があるんだって。日本だと気にしない人も多いけどね」
くすっと艶っぽく笑うアゲハにどきっとする。
アゲハとお揃いにしたい気持ちもあったけど、蘭は同性愛者という自覚はないし、性別でアゲハに惹かれているわけじゃないので、なんとなく癪だった。
「俺は左にしようかな」と言うと「それがいいよ」とアゲハも頷く。
「冷やす?ちょっと時間かかるけど、痛みはマシになるらしいよ」
一瞬迷ったけれど、蘭は断った。アゲハは「らしい」と言っていたから、アゲハも冷やしたりしていないんだろう。
正直、蘭はピアスとかアクセサリーには興味がなかった。ただ──アゲハと、同じ痛みを味わいたい。それだけの気持ちだった。
ソファに2人して腰掛ける。マーキングの後、消毒してもらって、いよいよアゲハの手がピアッサーを蘭の左耳に押し当てる。
耳朶は鈍感なのか、針が軽く当たるくらいじゃあまり感覚がなかったけれど、さすがに緊張して動悸がするのがわかった。
「──行くよ」とアゲハが囁く。「うん」と少し震えながら蘭は返事した。
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