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蘭-2
「──なあ、お前らフェチってある?」
大学に上がって、よく一緒に授業を受けるようになった友人と昼食を摂っていた時。友人の1人がそんなことを訊いてきた。
「何それ?」
別の友人が怪訝そうな顔をすると「知らないの?」と、話題を出してきた友人が小馬鹿にした態度をとる。
「フェチってのはさ、えーっと…」
と言いながらスマホで調べ出した友人に、周りが笑いながら突っ込み始める。
「お前も知らないじゃねーか」
「違うって、こう言うのって説明すんのむずくね?」
とはしゃぎながら彼がスマホを操作し、とあるWebページを表示させた。
「えーなになに…
『「フェチ」とは、特定の物や部位、状況などに強いこだわりや執着心、性的興奮を感じることを指す言葉です。元々は「フェティシズム」という言葉の略で、心理学や精神医学の分野では、性的倒錯の一種として扱われることもあります』
…だって」
「…よく、わかんないんだけど」
硬っ苦しい説明に、蘭が思わず呟くと、「それな」「ほんとだよ」と周りも同調する。
「まあ、要するにさ──ここエロいな、って思う部分ある?ってことでしょ?」
友人の1人がそうまとめると、皆がぽかんとする。
「ほら、ここに例があるよ。胸とか脚とか尻とか…」
「そんなん、みんな好きだろ」と1人が嫌らしい顔でいうと、品のない笑い声を皆であげる。
蘭も周りに合わせて笑いながらも、顔が引き攣るのが分かった。
こういう「男子のノリ」と言うのが蘭は苦手だった。
「あ、ほら。歯とか鎖骨とかあるよ」
「歯ぁ?歯並びってこと?うへぇ」
「いや、でも鎖骨はわかる」
「まじ?…あとなんだ?匂いとか…ストッキングぅ?マニアックだな…」
なんてわいわいと楽しく騒ぐ面々。
「この辺とかもっとマニアックじゃね?足裏とか、筋肉──血管とかもあるぞ」
血管、という言葉に、蘭はぎくっとなった。
「血管か…わからんでもないけど…血とかもあったりすんのかな?」
「血はさすがにやばいだろ」
「ドラキュラかよ」
ケタケタと笑う友人たちの中で、蘭は動悸を抑えるのに必死だった。
「蘭は?なんか好きってのある?」
自分に話を振られて、心臓が飛び出そうな気がした。
しどろもどろになって目を泳がせる。
「え…あ、あー…俺は……く、首?首筋?」
「えー、なんかつまんねー」
「おいおい、蘭は純情なんだよ。そんな話振ってやるな」
確かに、と笑う友人たちに、蘭は胸を撫で下ろした。純情キャラで通っていたことは、小馬鹿にされているようでモヤモヤすることもあったけれど、今だけはその設定に心から感謝した。
それにしても…フェチ、か。
その概念を知って、長年の疑問に対する答え合わせを突きつけられた気分だった。
『特定の物や部位、状況などに強いこだわりや執着心、性的興奮を感じることを指す言葉』
性的興奮…は、蘭にはまだよくわからなかったけれど、強いこだわりや執着心という言葉は、しっくりくるところがある。
──俺は、血を見て、いやらしいと思って興奮していたんだ。
ずっと抑えてきたこの気持ちの正体がわかって少しスッキリしたような気持ちも少しはあった。…けれど。
『血はさすがにやばいだろ』
『ドラキュラかよ』
友人たちの無邪気な言葉が胸に突き刺さる。
彼らの反応を見るからに、やっぱり自分はおかしいんだと再認識する。
けど、それ以上に、やっぱり、この気持ちは抑えていないとダメなものなんだと言われた気がして、それは何より苦しかった。
「俺、うなじが好きだな〜」
「匂いはわかる気がする」
「まじ?お、眼鏡だって。眼鏡いいよな〜わかるわ」
好き勝手言っている友人たちを見て、羨ましいなと思った。
人を傷つけたいとかじゃない。誰かに迷惑をかけるつもりもない。…なのに。
俺は、なんでこの会話に普通に混ざれないんだろう。なんで、自分の好きなものを好きと正直に言えないんだろう。
どうにも切なくなって、胸がきゅっと狭くなってしまった。
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