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第3夜-4
「それで、デザインどうする?」
レイナにそう訊かれ、蘭は戸惑う。
アゲハにも訊かれたけれど、彫りたいものなど蘭にはないのだ。
「…何が良いと思いますか?」
ここは素直にプロに相談してみようと、反対に尋ねてみた。レイナはじっと蘭の顔を見つめてから、口を開く。
「蘭…だっけ」
「あ、はい。えっと、一応、スズランって名乗ってるんですけど…」
レイナはふうん、と呟く。今さらだけど、本名とそんなに変わらないから、意味があるのだろうかと思わなくもない。ただ、アゲハが付けてくれた名前だから、蘭は変えるつもりはないのだけれど。
「じゃあ──スズランとかどう?デザイン」
レイナがそう提案してきた。
「…お花の、ですか」
蘭が言うと、彼女が頷く。
「君に似合うと思うんだよね。嫌じゃなければ」
蘭はほとんど反射的に「じゃあ、それで」と答える。正直、デザインなんてなんでもよかった。むしろ、アゲハが付けてくれた名に沿ったものなら嬉しいと思ったくらいだ。
レイナと相談して、背中に掘ることに決めた。服を着ていれば見えない場所だし、蘭は腕が細めなので、表面積が広い背中が良いだろうということになった。
レイナは感情の起伏があまりなく、淡々としている。けれど、それが故なのか、不思議と話しやすかった。蘭に興味がないだけなのかもしれないけれど、踏み込みすぎない感じも好印象だった。
「じゃ、服脱いでそこにうつ伏せになって」
そう言われて、ようやく始まるんだと、始まってしまうんだと、胸が高鳴るのを感じた。好奇心や恐怖心もあるけれど──どこか、興奮している自分もいることに気づいていた。
「痛いんですよね…?」
「麻酔クリームは塗るけど、タトゥーとは比べ物にならないと思うよ。たまに、殺してくれ、って叫ぶ客もいるし」
恐る恐る尋ねると、レイナは淡々とした口調で恐ろしいことを言う。場所によっては、背中も相当痛いらしい。
タトゥーも経験したことないのに大丈夫だろうか、と今更不安になる。
「今なら辞めれるよ。アゲハとお揃いにしたいなら、タトゥーだっていいでしょ」
蘭の不安そうな表情を見てか、レイナがそう言ってきた。クールな女性だと思っていたけれど、案外思いやりのある人なのかもしれない。
だが、蘭は小さく笑って首を横に振った。
「いいんです。これじゃないと意味ないから」
怪訝そうな顔をするレイナに、蘭が続ける。
「もちろん、お揃いにしたいって気持ちはあるけど…それより、アゲハが感じた痛みを俺も感じたい。それだけなんです」
アゲハは堂々としていて、強い人間──に、見える。
けれど、体に刻まれた傷、時折見せる切なさを見せられてしまった今では、大きな痛みを抱えている人なのだということは、想像に難くない。
アゲハを救いたいなんて、烏滸がましいことは思えない。ただ、同じ感情を、痛みを、少しでも感じていたい。──彼の抱える痛みや傷の美しさに、少しでも近づきたい。そんな、ただの自己満足だ。
蘭の言葉にレイナは一瞬目を見張ったものの、すぐに「わかった」とだけ答えた。
レイナが横で何かを取り出して、蘭の背中に触れる。冷たい感覚がした。クリームのようなものを塗布されているようだ。
さっき言っていた麻酔クリームというやつだろう。ピリピリと痺れて思わず身を捩らせる。
「これで20分置くから少し待ってて」と告げられる。
レイナがうつ伏せで寝る蘭の側にタオルを置いてきた。
「タオル置いとくから、これとか、ベッドの柱とか掴んでな。とにかく、痛みに集中しないこと。──気が狂うよ」
鋭い視線に、蘭は戸惑う。
痛みに集中しないこと…って言われても、どうしたら良いんだろう。と蘭の心は不安で埋め尽くされていった。
20分後、ようやく施術が始まった。
それはただただ、純粋な痛みだった。皮膚を切って削がれる感覚だけが、容赦なく続く。
蘭はベッドの柱を手が痛くなるほど強く握りしめる。奥歯を噛み締めすぎて頭が痛くなってきた。
気が遠のき、いっそ意識を手放せたらどれほど楽だろうと思うほどだった。「死んだ方がマシ」という感覚が初めてわかった気がした。
痛みが頂点を越えそうになったところで、レイナが手を止める。
「少し休憩ね」
施術は頻繁に休憩をとりながら行われた。施される方は痛みが激しいし、施術する方も体力を使うからのようだ。
「…っ…アゲハも、痛がってましたか…?」
肩を上下させ、ぼろぼろと涙を溢しながら蘭が口を開く。
「さすがにね。頭のネジは何本かぶっ飛んでるけど、痛覚はまだ人間だったみたい」
そう言ってレイナが肩を落とす。中々の物言いだけど、アゲハにはそれくらいの表現の方がしっくりくるような気がした。
「…そうなんだ」
思わず口角が上がる。今までに経験したことのない痛みをアゲハと共有した。その事実が、蘭にはひどく愛おしく感じられた。
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