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第3夜-7

△ ライが店長を務めているバーのオーナーであるアスカが、少年を連れてきた。 「アゲハだ。俺の手伝いとして働いてもらう。年齢は18。お前んとこも忙しそうなら貸すから」 18歳と言うのはすぐに嘘だと分かった。 背丈はそれなりにあるが、あどけないその顔のつくりは、どう見ても中学生くらいにしか見えない。 髪は黒く、顔立ちは日本人だが、瞳は色素が薄く、肌は白くて彫りが深い。外国の血が混じっているのかもしれない。 「ライだ。よろしくな」 握手を求めて手を出す。アゲハは一瞥したものの、ペコリと頭を下げただけでライの手を取らず、何も言おうともしなかった。 無愛想なヤツだな、と思った。肝は据わっているけど。 …いや、肝が据わっていると言うより、全部どうでもいいと諦めたような表情にも見える。 子供らしい感情の欠片もない彼は、ある意味大人びて見えた。 ──子供が、子供らしい顔をできないのは可哀想だな。 ライは、人ごとのようにそう思った。 アゲハの実年齢は15歳で、この春から高校一年生になると、アスカがあっさり教えてくれた。 近頃、中高生の不良少年たちが、うちのグループの持つ空き店舗に溜まり込んでいたらしい。彼らは中年サラリーマン相手にカツアゲをしたり、ネットとかで覚えてきたような悪さをしていた。 もちろんそんなのうちのオーナーがほっとくはずがない。噂を聞くや否や、腕っ節の強い連中を連れて行ってボコボコにお仕置きしたようだ。 子供たちは泣きながら謝って、もうしませんと約束をして逃げ帰っていった。──1人の少年を除いて。 その少年は殴られても一回も泣かず、挙げ句の果てに反撃までしてきたようだ。あっさりとやり返されたようではあるが、彼の拳を受けた男は「意外といい拳してた」と話していた。 その少年こそ、アゲハである。 アスカは、彼の肝が据わってる態度を気に入って連れてきた…とのことだ。 それを聞いてライは呆れたように肩を落とす。 常々、うちのオーナーは常識のない人だと思ってはいたが、不良少年とは言え中学生を引き込んで夜の世界で働かせるとは。 しかも、アスカがこのバー以外に経営しているのは風俗店だ。なんて大人だ。 最初のうちは、どうにかして辞めさせる方法はないか…とライはよく考えていた。だが、アゲハの育ってきた環境を知って、ライも考えが変わった。 すでに春休みに入っていたアゲハは、ほとんど毎日アスカの手伝いをしているようだった。ライの店にも時々掃除などをしにきてくれる。 休みだからといって、夜遅くに外出して親が心配しないのか、なんてことは聞かなかった。 心配してくれる親がいる子供が、こんなところで働くという決断をすると思えなかった。 むしろ、中学も不登校気味ではあったようだが、卒業できる程度には通っていたことや、高校にも進学するというのが意外なくらいだ。 「特技とかやりたいことがあるわけじゃないし、今どき高校くらい通っとかないとロクな仕事つけないから。公立なら授業料もかかんないし」 アゲハにそのことを指摘してみると、そんな答えが返ってきた。 不良の割にはしっかりしているというかちゃっかりしているというか。非行少年ではあるが、一応将来を考えているんだなと感心したものの、こんな子供が夢も語らず現実的なことしか言わないことは悲しいことだな、と思った。 そう思うと、オーナーのアスカは、この可哀想な少年の居場所を作ってあげたのだろうか、という考えも浮かんできた。 アスカが常識はずれなことには変わりない。けれど、もしかしたらアゲハにとっては救いであるのかもしれないと思うと、アスカを責める気にはなれなかったし、アゲハにこの世界から出て行けなんて、とてもじゃないけど言えなかった。 「──ねえ、なんで子供がこんなとこで働いてんの?」 ある日、アゲハにライの店で雑用をしてもらっていた時、キリヤがヒソヒソと話しかけてきた。 彼は、数ヶ月前にここの従業員になった青年だ。首と両腕に龍や派手な花のタトゥーを入れている。 初めて出会った頃よりタトゥーの数は増えた。これからどれくらい増えていくのか、ライはこっそりと興味を持っている。 一言で言うといかつい見た目のお調子者。人の癇に障ることをぽろっと言ってしまうようなヤツだが、意外と働き者で仕事もでき、店長になって日の浅い自分をフォローしてくれることも多い。だから、基本的にライとしては不満はない。 「言ってなかったっけ。オーナーが連れてきたんだよ。名前はアゲハ。18だそうだ」 「んなわけないっしょ」 「…オーナーがそう言ってるんだよ」 もう、アゲハが来てからこのようなやりとりを何度しただろう。げんなりしながらそう言い張ると、キリヤはへえ、と相槌を打ってニヤニヤしながらも、それ以上は突っ込んでこなかった。 「訳ありの18ね…いいねぇ。なんか最近面白いことなかったから、いいネタ見つかった」 楽しそうなキリヤに、ライはため息を吐く。──こいつ、こういうところがなければな。 彼は噂話が好きだったり、面白そうと思ったことに積極的に首を突っ込んでいく。 それだけならまだ良いのだが、余計なことを言ったりやったりして、引っ掻き回すことも少なくない…というのが厄介だ。 …あの子に変なこと言わなきゃいいけど。と、新しい玩具を見つけたような目でアゲハを見るキリヤに、ライは不安げな視線を向けた。

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