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第3夜-9

☆ 「──諸悪の根源あんたじゃん」 話を聞いたレイナが軽蔑するような視線をキリヤに向ける。当の本人はヘラヘラと笑っているだけだ。 「いやあ。だって、あそこまで色男の才能があると思わなかったからさ。今だって、まだハタチそこそこでしょ?恐ろしいよねぇ」 人ごとのように笑うキリヤに、レイナがわざとらしくため息を吐いた。 「え、てか、ハタチぐらいなのは本当だよね?まだサバ読んでる?」 「そろそろ21だろ。もうなったんだっけ?8月だよな、誕生日。今月」 キリヤとライの会話の中で誕生日の話が出て、蘭は目を丸くしてから視線を落とす。 今月、誕生日なんだ。…やっぱり、アゲハって大事なことは何も教えてくれないんだな。 切なくなってぎゅっと拳を握る。 「…まあ、けしかけたキリヤも悪いけど、やるって決めて実行したのはあいつだろ。10代半ばなら、そういう自分の行動には責任持てるはずだ」 ライがどこか冷たい調子で言う。 アゲハは、金に困っている少年少女に声をかけ仲良くなり、若い子と関係を持ちたがっている大人と繋ぐ、ということをずっとしてきたようだ。 選ぶのは、アゲハに好意を抱いた子たち。その好意によって、少年少女のモチベーションを保っている。 ──所謂、色恋管理というやつだ。 その好意を引き出すために、自身の外見や色気を磨いている…らしい。 いつも完璧なルックス。妖艶な笑み。甘い声で甘い言葉を吐き、手慣れた手つきで人を手籠にする。 ライやキリヤの話に出てきた無愛想な少年がそうなってしまうまでに、どれほど自分を抑えて傷つけて殺してきたんだろう。 そう考えると、泣きそうなくらい切ないはずなのに、蘭の心の奥で好奇心が燻っていくのがわかった。 痛々しく刻まれた赤いアゲハ蝶が、目に浮かぶ。胸が高鳴ってしまい、荒くなりそうな息を堪えた。 「あいつが欲しいのは金じゃない。人の心なんだよ。…そこがタチが悪い」 「飽きたり満足したりしたら捨てて他の子にいってるもんね〜。ほんとロクデナシになっちゃったわ」 蘭は黙りこくる。飽きたり満足したら捨てる、という言葉に違和感を抱いていた。 人の心が欲しいと渇望する人間が、そんなに簡単に飽きたり満足したりするものなんだろうか。何より、アゲハは──いつも渇いているように思える。 「…これもいい機会だ。あいつから離れたらどうだ?お前だって、どうせそのうち捨てられるぞ」 ライがそう声をかけてくる。蘭がショックを受けていると思ったのだろう。 きっと、ライたちの言っていることは正しい。 アゲハは人の心を弄ぶことに喜びを感じているだろうし、きっとそのうち蘭からも離れようとするのだろう。 けど。 アゲハの痛みや傷、渇きをより深く知って、蘭の中に湧いてきたのは──やっぱり欲しい、という感情だった。 彼の傷や痛みを癒したいなんて、そんな綺麗な感情じゃない。それらをただただ近くで眺めていたいと思った。ただ、それだけだった。 蘭はゆっくりと顔を上げる。 「…少し、考えてみるよ」 心配してくれていそうなライたちの手前、しおらしくそんなことを言ってみる。自分がおかしいのだということは理解していた。それをわかって欲しいなんて思わない。 ただ俺は──アゲハのことを美しいと思う。それだけでよかった。 ライたちは、そんな蘭の表情を見て目を見張った。 蘭自身、気づかないうちに口元に笑みを溢していた。

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