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第4夜-2

久しぶりのの日。蘭の大学の最寄り駅で待ち合わせて、ホテルまで一緒に行くことになっていた。 約束の時間の10分前。車から降りて指定した場所に行くと、蘭はまだいなかった。 いつも30分以上前には来てるのに、と怪訝に思う。 蘭と会うのはおよそ2ヶ月ぶりだ。季節はすっかり秋になっていた。 長いようで短い期間。その間に、人が変わってしまったとでも言うんだろうか。 そこまで考えて、冷静になれていない自分に嫌気がさす。用事があって遅れているだけかもしれないのに。 それに、まだ約束の時まで時間はある。でも…このまま来ないなんてこともあるんだろうか。 それならそれで、自分はほっとするような気もしたし、或いは── 「──だーれだっ」 視界が暗転した。 背後から、誰かに手で目元を覆われた。誰か、というか── 「蘭…」 そう呟きながら振り返ると、くすくすと楽しそうに笑う蘭と目があった。 「ごめんね、授業思ったより長引いちゃって。連絡入れようか迷ったけど、まだ約束の時間まではあったから、遅れるって言うのも変かなって思って」 少しバツが悪そうに蘭が言う。遅れた理由に、アゲハは胸を撫で下ろした。 2ヶ月前となんら変わりない出立ち。けど、どこか雰囲気が違う。 白のタートルネックに、黒のスキニー。一見、地味に見える服装だけど、蘭の魅力を引き出すアイテムを的確に選んでる。 しかも──漂うのはバニラの甘い香り。 「…蘭、香水つけてる?」 指摘すると、「わかっちゃった?」と首をこてんと傾げながら蘭がはにかむ。 そんな甘い香りさせておいて、白々しい。と毒づくのに、胸が高鳴ってるのが居心地が悪かった。 「アゲハと同じメーカーのやつだよ。…俺のやつの方が、甘ったるいと思うけど──バニラ系なのは、お揃いだね」 くすっと艶っぽく笑う蘭。 不覚にもくらっときた。 元々無意識に人の心を弄ぶタチがあったものの、さっきの行動と言い、「無邪気さ」を自覚して利用してるような感じがした。 でも決してわざとらしくなくて──うっかり、心を奪われそうになる。 先日感じた、嫌な予感が当たってしまったのかもしれない。 「先輩たちは?」 蘭の問いかけにアゲハはハッとする。ふう、と息を吐いて気を落ち着かせた。 「後からくるよ。蘭には部屋で待っててもらう」 「ん、わかった。じゃあ行こうか。駐車場こっちだよね?」 頷くと、蘭がさっさと歩き出してしまうので、アゲハは慌てて追いかける。 あっさりとした再会だった。いつも通り、当たり障りのない世間話を繰り広げる。そりゃ、アゲハと蘭は、友達でもましてや恋人でもない。けれど久しぶりに会ったのだから、少しは懐かしむ瞬間があっても良いのに。 なんて、そんなことを考えてしまう自分に嫌気が差した。 「にしても、3人もいたのは驚いたよ」 そう蘭に言ってみる。 アゲハは蘭の先輩1人とやりとりしていたが、話を聞くと友達も2人連れてくるとのことだった。 渋い顔をするアゲハだったが、「蘭も知っている」と聞いて驚くと同時に、蘭が承諾しているのならば了承せざるを得ないということになったのだ。 「んー、せっかくなら友達も連れてくれば?って言ってみたら乗り気になっちゃったんだよね、先輩」 けらけらと笑う蘭に、え、と思わず声を漏らす。アゲハの反応を見て、にまっと蘭が笑った。 「ほら、最初っから3人と相手したからさ──じゃ物足りなくなっちゃった」 わざとらしく囁き声で艶のある笑みを見せてくる。嫌味すらも色っぽい。ぞくっとすると同時に、胸が高鳴ってしまう。 すらっとした体躯に、タートルネックがよく似合う。ぴったりと布に隠された内側を想像すると、誰だって体が熱くなるに違いない。 もう秋も深まってきたというのに、アゲハは熱を帯び始めた自分の体をぎゅっと抱きしめた。 ☆ 「アゲハさんは、蘭とどういう関係なんですか?」 蘭をホテルに送ってから、駅まで戻って今日の客──蘭の先輩とその友達を乗せた。 世間話をしていた流れで、助手席に座る蘭の先輩とやらにそんなことを訊かれた。 蘭、と呼び捨てたことに無性に苛立つ。確か、蘭は大学ではみんなから呼び捨てにされていると聞いていたので、何らおかしいことはないんだけれど。そもそも、そんなことで苛立っていい関係でもないはずなのに。 けれど、アゲハはそんな苛立った表情や様子は悟らせない。目線だけ彼に向けて、小さく、それでいて妖艶に笑いかける。 「──どうだと思う?」 色艶の乗ったアゲハの甘い声色に、男たちの頰が赤らむ。 「わ、わかんないっす」と狼狽える男たちに、アゲハは答える代わりにくすっと笑う。 蘭の先輩と言っていたから、同い年か、年上かもしれないのに、思いの外ウブな反応に少し微笑ましい気持ちになる。 どうせ、蘭が体を売っているをどこかで知って、彼を揺すったりでもしたんだろう。あいつがそんなことで動揺するわけないのに。それどころか、「友達も呼んだら?」なんて弄ぶようなことまで言われて、簡単に振り回されて。 可愛くて、可哀想な青年たちだ。 …けど。 ──これから、蘭はこの男たちに抱かれるのか。そう思うと、もやもやと黒い感情が胸を占めていく気がした。

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