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第4夜-3
2枚もらっていたうちの1枚のカードキーで中に入る。
扉を開けると、ベッドの上に座っていた蘭がこちらに目を向けて微笑んだ。
「いらっしゃい」
自宅にでも呼んだかのように、落ち着いた様子をしている。
3ヶ月ほど前、何もわからずにただなされるがまま戸惑っていた青年とはまるで別人だった。
あどけない顔立ちから少年らしさを残しながらも、漂う艶っぽさを隠しきれていなかった。
その部屋には4台のベッドがあって、テレビやデスクが手狭に配置してある。
大学生だから金がないとのことで、安価なホテルをとっていたのだ。広さはある程度あり、清潔感はあるものの、古びた雰囲気は拭えない。
「じゃあ、俺は外で待って──」
アゲハがそそくさと去ろうとすると、蘭に腕を取られる。
「他の仕事あるの?」
寂しそうで、どこか熱っぽい視線に捉えられて、思わず目が泳ぐ。
「…仕事は、ないけど」と馬鹿正直に答えると、蘭がくすっと色っぽく笑った。
「じゃ、アゲハもここにいなよ。…いいでしょ?」
甘えたような声を出されながら上目遣いでねだられて、断れるほど強い理性はなかった。
一方で蘭の先輩たちがざわつく。
そりゃそうだ、とアゲハは頭を抱えたくなる。最初に蘭に相手をさせた遊び慣れた痴女たちならともかく、普通はギャラリーを入れたいなんて思わないだろう。
そうは言っても、複数人でのプレイという特殊な環境だからか、「そういうこともあるのか」という雰囲気になって、誰も文句を言い出さなかった。
…いっそのこと追い出してくれた方がよかったのに。と、アゲハは自分の心の弱さを人のせいにした。
「俺、シャワー浴びたんで。先輩たち浴びてきてください」
その言葉に、彼らは皆でシャワールームへと向かっていった。男3人で同時に使える広さではなかったが、知り合いで固まっている方が安心なんだろう。
座るところがないのでベッドの一つに腰掛けていると、蘭が隣に座ってくる。
「俺の初めての時はロクにシャワーも浴びせてもらえなかったよねぇ」
懐かしそうな目をしながらくすくすと揶揄うように笑う蘭に、アゲハがバツが悪そうに目を伏せる。
「…彼女たちに言ってほしいな」
「あ、人のせいにするんだ。悪い男」
ほんの些細なやりとり。それなのにどこか浮ついた気持ちになる。蘭の甘えたような声や、どことなく漂うバニラの香りがそうさせるんだろうか。
「でもね」
耳元に蘭の顔が近づいてくる。
「俺、あの時のセックスのせいで──強引にされるのも悪くないかもって思うようになっちゃったよ」
アゲハは目を見開いて蘭を見る。彼は艶っぽく、誘うように笑いかけてきた。
鼻に抜けるバニラ。甘い吐息。
手が出ないように、布団の端をぎゅっと握りしめた。
「──上がったよ」
そうこうしているうちに、男たちがシャワーを浴びて戻ってきた。はあいと間延びした返事をして、蘭が立ち上がる。
アゲハは、はあ、と安心したように大きく息を吐いた。
まだ、胸の鼓動は速いままだ。
ベッドは2台ずつくっつけて並べられていて、そのうちの2台の上に蘭たちが座り、もう2台のほうにアゲハが腰掛ける。
「背中にちょっと彫り物したんですけど、まだ治ってないから…できるだけ、触らないでくださいね」
そう言いながら蘭がTシャツを脱ぐ。そういえば、スカリフィケーションのことを蘭の口からちゃんと聞いてなかったな、とぼんやりと思う。
俺の真似をしたくせに、俺に何も言わないなんて。と、もやっとした感情が再び湧き出てきて嫌気が差す。
気づくと、蘭が上裸になって背中をこちらに向けていた。20歳そこそこの男にしては華奢な背中に、赤い鈴蘭の花が咲いていた。
男たちがゴクッと生唾を飲む。
治りかけの皮膚はグロテスクではあったけれど、それを気にさせないほどの色気が蘭にはあった。
アゲハも目を離せなくなった1人だった。
背中をじっと見つめていると、蘭が顔だけこちらに向けてくる。
ふと目が合うと、くすっと妖艶に蘭が笑った。
どくっと大きく心臓が跳ねる。
アゲハは思わず自分の胸元を握りしめた。
もしかしたら蘭は、この瞬間、この状況で見せるために、口を噤んでいたのかもしれない。
そんな妄想をしてしまうほどに、挑発的で情欲を煽る視線だった。
☆
「あっ…!ふ…ぅ…っ」
蘭が男の上で体を上下させながら喘ぐのをアゲハは真顔で見つめていた。
自分じゃない男が引き出した蘭の甘い声に、黒い感情で埋め尽くされてしまい、耳を塞ぎたくなる。それなのに、目が離せなかった。
ふと、蘭が男の1人にしがみつく。──ふりをしながら、目線をアゲハの方にやった。
ニヤッと艶っぽく微笑まれる。それだけで、捕らえられた気分になった。
思わず立ち上がって洗面所の方に向かう。
どくどくと心臓の音がうるさい。
肩で息をしながら鍵を閉めて、ドアに寄りかかり──
──アゲハは、自身を慰め始めた。
「…っ…はぁ…っ」
蘭のあどけない顔立ちが快楽に溺れていく様子が脳裏に焼き付いて離れない。甘い声、香り。赤い鈴蘭──
はあ、と息が漏れる。自身が、熱を帯びていく。頭の中では、やめろと警鐘が鳴っているのに、体は止まらなかった。
怖い。
抱きたい。逃げた方がいい。
めちゃくちゃにしたい。もう、俺を振り回さないで。
蘭が──蘭が、欲しい。
「…ん……っ…!」
声を殺しながら、アゲハは絶頂に達した。
便器の中に吐き出された白濁に、絶望にも似た気持ちを感じていた。ずるずるとドアに背を預けながらへたり込む。
最悪な気分だった。なんで、俺がこんなに振り回されなきゃいけないんだ。怖い。支配なんてされたくない。
息が荒くなる。意識が遠のきそうだった。
嫌だ。助けて。俺を捕らえないで。いつか、捨てるくらいなら──
──こんこん、とドアをノックする音で、アゲハはハッと現実に引き戻された。
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