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第4夜-4
「アゲハ?大丈夫?」
蘭の声が聞こえた。慌てて身支度を整えて、トイレから出る。
ガウン型の寝巻きを羽織った蘭が、不安そうに自分を窺っている。こんな時なのに、はだけた部分に目がいってしまう自分に嫌悪感を抱いた。
「…ごめん。寝不足で、気分が悪くなって。もう大丈夫だから」
なんとか笑みを作りながらそう答える。
部屋を見回すと、男たちはすでにいなくなっていた。代わりに、金が入っているであろう封筒が机の上に置いてあった。
この辺りのやりとりも難なくこなせるようになったようだ。
「蘭、大勢相手にして疲れたでしょ?女性とするより負担大きいだろうし…今日は休んだら?」
突き放すようにそう言った。蘭を突き放しているのか、自分を律しているのか。アゲハにはわからなかった。
蘭は少し戸惑った表情をしてから、アゲハの胸にしがみついて顔を近づける。蘭が少し上を向くと、今にも触れそうな距離に唇があった。アゲハの唇の上で、蘭がゆっくりと口を開いた。
「──アゲハ、本当に体調悪かったの?」
どくん、と心臓が大きく鳴った。黒目がちの瞳がじっとアゲハを見つめる。
「本当に悪かったらごめんだけど…でも、俺…アゲハのこと見てたんだけどさ」
やめろ、やめてくれ。言わないで。俺を、暴かないで。
そう心の中で叫ぶけれど、無情にも蘭は妖しく微笑みながら、口を開いた。
「俺とあの人たちのセックス見て、俺と目が合って──興奮してたんじゃないの?」
そう言いながら下半身に手を添えてくる。思わずびくっと震えるアゲハに、くすっと蘭が笑った。
「硬く、なってる」
そう囁かれると、吐息が漏れる。反応してしまう自身が憎らしかった。
「…っ…蘭…やめ…っ…」
「やめて欲しいの?…俺は、アゲハに抱いてほしい」
くらくらと脳が揺れる。
「いつものおじさんとかと違って、若いから体力あったけどさ…慣れてない感じが物足りなかったんだよね」
蘭がアゲハの耳に囁きかける。甘い毒を孕んだ声色で。
「──アゲハが、上書きしてよ」
アゲハの中で、何かが切れた気がした。
壁に手をつかせる体勢で蘭の体を押し付ける。寝巻きを捲り上げてまだローションが入ったままのそこに無理やり自身を押し込んだ。
蘭の体がぶるっと震える。
「あ、ぅっ…!アゲハ…っ…!」
腰を両手で掴んで激しく突き上げる。蘭が嬌声を上げながら背中を大きく反らした。
まだ治りきっていない傷痕が描く赤い鈴蘭が服の隙間から覗いて、妙に妖艶にアゲハの目に映る。
「ああっ、ま、まって…ふあ…〜っ…!」
ガクガクと脚を震えさせている蘭。アゲハがにやっと艶っぽく笑った。
「は…何…?もうイったの…?やっば…」
「ん、ぅ…だって、おれ…っ…いっぱい、されて…っ」
先程の男たちとのまぐわいを思い出してイラッとして、激しく動くと同時に前の方も一緒に攻める。ぴゅる、と半透明の液が蘭から吐き出された。
ぐっと蘭の弱いところに押し付けると、蘭が大きな声を上げる。
「いやっ…やだ…っ…やだぁっ…」
甘い声で首を振る蘭に、情欲と苛立ちが募る。
「…っ…人のこと誑かしたくせに、なに弱音吐いてんだよ」
「だって、だって…っ…いたい、のに、きもちいの…とまんないっ…も、イけない…っ…」
「は…俺は、まだなんだけど…わかれよ、そんぐらい…っ」
やだやだと涙を流す蘭に、自身の中で熱が昂っていくのがわかる。
自分が抑えきれない。それが恐ろしくて仕方がないと同時に、今まで感じたことのない快感にアゲハはひどく興奮していた。
生意気なことを囁いて翻弄してくる小悪魔を、快感で支配している。その事実が堪らなかった。
このまま、壊れてしまえばいい。そして──俺のものに、したい。
きゅうっと中を締め付けられて、アゲハは蘭の中に欲を吐き出した。
ずるっと抜き出した途端、蘭が膝から崩れ落ちる。アゲハはハッとしてその体を支えながらしゃがみ込んだ。
「だい、じょうぶ?」
白濁を後孔から溢れさせながら、はあ…と肩で息をしながらボロボロと涙を流す蘭。
急に我に返って血の気が引いてきた。
思わず気にかけるような言葉をかけてしまった自分自身に吐き気がした。
ひどいことをしておいて、何様なんだ。俺は。
手が震える。蘭に触れたいのに、指が固まってしまったように動かなかった。
義理の父親を殴ったときの感触が思い出される。
アゲハを見上げながら、恐怖に慄く両親の目が浮かんで、脳裏から離れない。
動悸がする。らん、と掠れた声は声になっていたかわからない。
思わず胸を押さえた。息が上がって、アゲハが肩を上下させる。苦しい。胸が、痛い。怖い。誰か、助けて──
その言葉が浮かんだ時──アゲハの頬に、蘭の手が添えられた。
恐る恐る視線を上げると、蘭が優しく微笑んだ。
こんな時にも蘭の心配より、怖がられたくないと自分のことしか考えてない男に、彼は笑いかけてくるのだ。
優しい、なんてことは思わなかった。ただ、恐ろしかった。だって、蘭が──うっとりとしながら頬を赤らめていたから。
「なんで、そんなふうに笑うんだよ」
震える声でアゲハが訊く。
「なんで…って?」
「俺、今お前に何したかわかってんの?」
「誘ったのは俺だよ」
「…っ…だからって、めちゃくちゃに挿れられてやだって言ってもやめてもらえなくて…中に出されて…それなのにそんなふうに笑うなんて…おかしいよ、お前」
自分のしたことを自分で言葉にして、それがグサグサとアゲハの胸を刺す。
アゲハが今まで世話してきた子たちに優しくしてきたのは、純粋な優しさからじゃない。誰かにひどいことをする自分に、耐えられなかっただけだ。
──俺は、それくらい心が弱い人間なんだ。
「おかしい?」と蘭が首を傾げる。いつもの、無邪気な表情で。少し考える素振りをしてから、蘭が口を開く。
「…そうかもね。俺っておかしいんだ」
でも、と蘭が呟いて、恍惚とした表情でアゲハを見上げた。
「──誰のせいだと、思ってんの?」
ぞくっと体が痺れた。甘い声に、首を締め付けられたような気がした。
アゲハはふらつきながら立ち上がる。
机にある封筒を鷲掴み、蘭の手に握らせた。
「ごめん」
ごめん、とうわごとのように呟きながら、アゲハは逃げるように部屋を後にする。
蘭は、そんなアゲハの背中をじっと見つめていた。
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