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幕間-鈴蘭
「──アゲハと連絡が取れないんだ」
冬が本格的になり始めた頃、蘭がライのバーに現れた。
バーには、店長のライと従業員のキリヤ、それからカウンター席にレイナが座っている。
開口一番そう告げた蘭に、キリヤがへらへらと笑う。
「奇遇だねぇ。俺らもだよ」
「一応、オーナーには言ってるらしいけどな。しばらく休みくれって」
ライが淡々と言う。
まるで大したことじゃないとでも言いたげに。
「どうにか連絡取れないかな」
「蘭くん」
苛立ちを隠そうとしない蘭に、ライが真剣な表情を向ける。
「言っただろ?君もいつか捨てられるって。言う通りになったじゃないか。…アゲハのことは忘れろ」
「そうそう。この機会に、あんな悪魔とは縁を切りなよ」
キリヤがへらへらと笑いながらライの言葉に頷く。
すると、蘭がキリヤの方を見て、ふっと呆れたように笑った。
「悪魔?冗談でしょ?」
そのセリフに、皆が蘭の方に視線を向ける。注目の的になった蘭が、くすっと笑った。やけに艶のある笑みだった。
「あんなの、ただの寂しくて泣いてる子供だよ」
3人がゾッとした表情をした。それを気に留めた様子もなく、蘭が続ける。
「アゲハはたくさんの人を傷つけてきた。自分が支配されて、捨てられるのが怖いからって理由で。みんなアゲハから離れてく。だからこそ──」
蘭が、うっとりした表情を浮かべた。
「──俺が側にいれば、アゲハは俺から離れられなくなる」
しん、と空気が静まり返る。
「……ふはっ」
沈黙を破ったのは、楽しそうなキリヤの笑い声だった。
「いいねえ。…気に入ったよスズランちゃん」
にやにやしながら、キリヤが蘭に手招きした。
「俺がどうにかしてアゲハと連絡とってあげる。作戦立てようよ」
「ありがとう」
蘭が安堵の表情を浮かべる。その顔は、出会ったばかりの頃見た、素直であどけなさを残す年相応の青年のそれだった。
──無意識か。
ライはキリヤと話し込んでいる蘭の横顔を眺める。
なんの変哲もない青年だと思っていた。少年から大人へと変わる最中の無垢な蕾だと。
だが──その内には毒を孕んでいたらしい。妖艶で、猛々しい毒を。
アゲハに出会って変わってしまった…と言うより、本性を暴かれてしまったというところだろう。
ライはアゲハのことを毒だと表現したけれど、むしろ、その表現は蘭の方がぴったりかもしれない。
「…可哀想に」
気づくと、そう溢していた。
「…スズランのこと?」
そう尋ねてくるレイナに、ライは首を横に振る。
「アゲハだよ。…あの子は、ずっと可哀想な子だった。ちゃんと愛されたことがなくて、愛し方もわからずに…人の心を弄ぶことでしか、誰かと関わることができなかった。
けど、そんな弱さに負けたのは誰でもない、アイツだ。目の前の相手と向き合おうとしないからあんな毒に絡め取られる」
「あんたって、ずるい男だよね」
レイナがキセルから煙を吐いた。
「ずっと可哀想って言いながら、直接的に手を差し伸べるわけでもない。でも…アゲハに毒された子たちと話をして、穏便に離れさせようとしたりして。まるで、アゲハの罪を少しでも軽くしようとでもしてるみたいに」
ライは何も答えなかった。答えられなかった。その通りだったから。
少年少女を誑かし、自分に恋をさせ、支配することでしか自尊心を保てない。
そんな自傷のようなアゲハの行為を、ずっとやめさせたかった。
けど、そう伝えることはあいつを否定することなんじゃないか。生きがいを奪うことになるんじゃないか。そう思って伝えられなかった。…なんて言うと聞こえはいいけれど。
要するに俺は、誰かに嫌われるのが怖いだけだ。アゲハを止めたとして、それを受け止める器を持っていない
そんな、弱い人間というだけだ。
──向き合おうとしないなんて、俺もアゲハのこと言えないな。
と、ライは自虐的に笑った。
「割り切った顔をするくせに、情に負けて首を突っ込む。あんたのそういうとこ──大嫌い」
レイナがそう吐き捨てると、困ったように笑って、彼女の頭をポンポンと叩いた。
彼女は俯いて何かを堪えるように顔を歪めた。
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