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悪い夢

アゲハはホテルの一室のソファに腰掛けていた。 見覚えのない部屋だった。 …今日は、初めてのところをとったんだったっけ?客は誰だった?…充てがったのは、どの子?何も思い出せない。 ひどく、記憶が曖昧だった。 何かがおかしいと思いつつ、アゲハは立ち上がって部屋を見回す。 すると、ベッドの上に寝巻き姿の男が息を荒らげて倒れていた。 その隣に座り込んで男を見下ろしていたのは── 「蘭…?」 名前を呼ぶと、同じく寝巻き姿の蘭が、振り返ってくすっと笑う。 「もう無理だって。…情けないよね、これくらいでさ」 わずかに頬を赤らめて、熱っぽい息を吐く。 あどけない顔立ちが快楽を欲して妖しく艶めいていた。くらっとして、胸が高鳴るのがわかった。 「じゃあ、蘭…物足りないんじゃ…」 差し伸べた手をパッと振り払われる。 どくっと心臓が大きく跳ねた。 蘭、と口にしたはずの言葉は、声になっていなかった。 「なんか、もういいかなって」 「…え?」 蘭の冷めた声色に、声が震えるのがわかる。 「飽きちゃった。この仕事も──アゲハも」 愕然とする。震えが止まらない。 「じゃあね」 艶やかな笑みを浮かべて、蘭が部屋から出ていく。 待ってくれ、という声が掠れる。 喉が渇く。体が重くて、動かない。 動悸が早くなる。アゲハは思わず胸を押さえた。 ああ、嫌だ。だから、手放したはずなのに。 どうして、みんな俺から離れていくの。 苦しい、熱い。痛い。助けて。 行かないで。俺を──置いていかないで。

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