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指のようなそれへ *
閉じているのか開けているのか、皺と皮で弛むのみの目蓋で、もう、微睡んでしまおうとしていたのかも知れない。
空気がそよぐ。薬剤やひとの饐えた匂いとは違う。
そのなかに何か、潜り込んだ気配が忍ばされたような。
病衣の紐がもつれる。看護師が清拭に来たのだろうか。
肋が浮き出るのみとなった貧弱な胸を辿る指先。
違和を生じた意識。羞らいを伴った微熱を、徐々に呼び覚ましに何かが現れる感覚に捕らわれる。
おかしい。もう、ずっと喪われていた筈なのに。
滑べおりる指の情念に戸惑う。
知っている。これは。
誰だったか。その名が、出てこないのに彼の存在が、もう間近に迫っていた。
もう、いいでしょう?
首筋で囁かれた。掛かる濡羽の濃やかな雨のような艶髪。
それが、鎖骨を撫でて、単衣の紐を弄んで、そのうちのものを欲しがり、指で戯れてからまたあの軟らかくて、熱い丘のなかへと沈めに来るから、
まるで、漲りを枯渇させた器官が、再びその機能を取り戻していくかのようだった。
こら、待て。
とおる。
透、待て。
ほろ、と崩れる。無数の熱と溜め息と、無限の優しさがこめられた、香木の切ない輪郭。
呼び醒まされる。繰り返し慣らされた嗅覚は、旧い、無二の強烈なそれの、いとも容易い敗者となって、
今度はどこまでも、受け容れて委ねて与え続けてしまおうという、密やかな昂 りに転じていた。
駄目、駄目。
何が駄目なんだよ、自分から連れ込んだ癖に。
気が狂いそうだから。朔のことが好きすぎて。
背後からだからか足らなくて、汗ばんだ首の根に浮かぶ黒子に口づけてごまかした。
放たれたい。彼の顔を見ながら。そして彼から放つ何もかもを、この身に吸い込んで取り込んでしまいたくて、
穿ち続けて、爆ぜて、どちらのものか判らない粘った種を撒き散らしながら、それにまみれた目の前の顔が、恍惚に歪んで滲む。
『しあわせだよ、俺……』
あんなに求められたことは、生涯に渡ってなかった。
狂っていたのも、忘れられなかったのも、俺の方なんだよ。
物言わぬ奥二重の瞳が、笑む唇だけは控えめに誘 う。
総てから解放され、奪われた筈なのに、失われた熱と、直ぐにでもその肢体を攫える腕力を持って、
甘やかな絡みを帯びるその指に指を結びつけられて、またふたり、秘密の場所へと足音を忍ばせていく。
遥か後方で、心電の音が平行に伸び、体に繋ぎとめられた管が外された気配が掠められたが、
朔は至福の余韻に沈む最中なのだから、振り返ることを選ばない。
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