7 / 7

指のようなそれへ *

 閉じているのか開けているのか、皺と皮で弛むのみの目蓋で、もう、微睡んでしまおうとしていたのかも知れない。  空気がそよぐ。薬剤やひとの饐えた匂いとは違う。  そのなかに何か、潜り込んだ気配が忍ばされたような。  病衣の紐がもつれる。看護師が清拭に来たのだろうか。  肋が浮き出るのみとなった貧弱な胸を辿る指先。  違和を生じた意識。羞らいを伴った微熱を、徐々に呼び覚ましに何かが現れる感覚に捕らわれる。  おかしい。もう、ずっと喪われていた筈なのに。  滑べおりる指の情念に戸惑う。  知っている。これは。  誰だったか。その名が、出てこないのに彼の存在が、もう間近に迫っていた。  もう、いいでしょう?  首筋で囁かれた。掛かる濡羽の濃やかな雨のような艶髪。  それが、鎖骨を撫でて、単衣の紐を弄んで、そのうちのものを欲しがり、指で戯れてからまたあの軟らかくて、熱い丘のなかへと沈めに来るから、 まるで、漲りを枯渇させた器官が、再びその機能を取り戻していくかのようだった。  こら、待て。  とおる。  透、待て。  ほろ、と崩れる。無数の熱と溜め息と、無限の優しさがこめられた、香木の切ない輪郭。  呼び醒まされる。繰り返し慣らされた嗅覚は、旧い、無二の強烈なそれの、いとも容易い敗者となって、 今度はどこまでも、受け容れて委ねて与え続けてしまおうという、密やかな(たかぶ)りに転じていた。  駄目、駄目。  何が駄目なんだよ、自分から連れ込んだ癖に。  気が狂いそうだから。朔のことが好きすぎて。  背後からだからか足らなくて、汗ばんだ首の根に浮かぶ黒子に口づけてごまかした。  放たれたい。彼の顔を見ながら。そして彼から放つ何もかもを、この身に吸い込んで取り込んでしまいたくて、 穿ち続けて、爆ぜて、どちらのものか判らない粘った種を撒き散らしながら、それにまみれた目の前の顔が、恍惚に歪んで滲む。 『しあわせだよ、俺……』  あんなに求められたことは、生涯に渡ってなかった。  狂っていたのも、忘れられなかったのも、俺の方なんだよ。    物言わぬ奥二重の瞳が、笑む唇だけは控えめに(いざな)う。  総てから解放され、奪われた筈なのに、失われた熱と、直ぐにでもその肢体を攫える腕力を持って、 甘やかな絡みを帯びるその指に指を結びつけられて、またふたり、秘密の場所へと足音を忍ばせていく。  遥か後方で、心電の音が平行に伸び、体に繋ぎとめられた管が外された気配が掠められたが、 朔は至福の余韻に沈む最中なのだから、振り返ることを選ばない。

ともだちにシェアしよう!