11 / 46

第11話 頑固な僕と柔軟な君

「なっ!!おまえ!はぁ?」 「あっ、ごめん間違えた!いや、間違えてはないんだけど。そうじゃなくて、えっと…とりあえず、俺、今日電車で帰るわ!紫季はバス乗れよ!じゃあな!」  そう言うと、一目散に走り出していった。 「はぁぁぁ?」  紫季はさっきから、はぁ?という言葉が止まらない。仕方がない。本当に意味がわからないのだ。 (なになに?今日はなんなんだ?)  バス停で立ち尽くしていると、春風がそよいで葉桜がさわさわ揺れている。  (キレイだな…)  紫季はまだ自然を楽しむ余裕があるなと、自分を俯瞰して分析し、冷静になる努力をしていた。 (まずは、状況の整理だ。その次に、傾向と対策だ。 何事も準備が大事!ヨシ!)  父から遺伝された地頭の良さと、受験勉強に毒されている紫季は、2人の告白でさえ数学の難問のように、淡々と対応しようとしていた。  紫季はブツブツと独り言を漏らしながら、通学路をトボトボと歩いた。  気持ちを落ち着かせようと、途中コンビニに寄って新作スイーツがないかチェックする。あまり好みのものがなかったので、無難にプリンを買って家路についた。 「おかえりー、紫季。凛太朗くんが来てるぞ。もう紫季の部屋に通しておいたからな」  父が仕事部屋から片手間で紫季に言った。  紫季は開いた口が塞がらない。 「なっ!!はぁ?なんで⁈」 「なんでって⁇いつもそうしてるじゃないか」 (そうだった。父さんは何も知らないんだ…そりゃいつも通りだよな) 「あ、うん、そうだね。ありがとう…」 「あ、そうだ紫季。父さん、今夜は編集部の飲み会なんだ。冷蔵庫に鈴木さんの作り置きがあるから、それで食べてくれるか?」 (げっ…なんでこんな日に……) と、思ったが言えるはずもなく… 「うん。大丈夫だよ。いってらっしゃい」 (………) 紫季は階段を上がり、自分の部屋の前で立ち尽くす。 (…凛太朗のやつ。どういう神経してるんだ? つい、今しがた俺を置いて逃げたじゃないか。しかも、突拍子もない事を言うだけで言って、放置したくせに。なのに、のうのうと俺の部屋で待ってるだと⁇わけがわからん!とりあえず1発殴って、それから……)  "ガチャ" 「紫季、何してんの?階段から音がしたのに全然入ってこないから、迎えにきた」    ふいにドアが開いて、凛太朗が顔を出した。 鳩が豆鉄砲をくらったような顔で、凛太朗を見る紫季。 はいはい、入って〜と言われるがままに部屋に入るが、いや!俺の部屋!と、途中で我に帰る。 「おい!凛太朗、なんでここにいんだよ?お前が置いてったんだろ?」 「うん。ごめん。俺、あまりにも紫季が鈍感すぎて、思わずポロっと本音がでちゃって…」 「はぁぁぁ?」  "鈍感"という言葉に紫季は苛立ちを滲ませた。眉間に皺を寄せ、わなわなと身を震わせている。 (鈍感じゃないだろ?どちらかというと、俺は絶対敏感で繊細だ!)      紫季は今すぐに突っかかりたかったが、その"本音"とやらを聞かないといけないので、グッと堪えることにした。  すると、凛太朗に誘導され、ベッドに自然と2人並んで腰掛けた。  ピンと背筋を伸ばして手足に力を込めた凛太朗。 その表情は、芯が通って揺るぎない覚悟をしたように見えた。そして、紫季の目をまっすぐ見て話し始めた。 「紫季。俺はお前が好きだ」 「これは友達としてじゃない。恋愛的な意味でだ。本当は、こんな勢いで言うつもりじゃなかった……でも……そうだな、なんて言ったらいいんだろ……」  凛太朗は視線を落とし、低く重い声で言葉を探しているようだった。 「あの……事件があっただろ? 五年生の秋の、あれ以来……紫季は極力、面倒な人付き合いを避けるようになった。大人だけじゃない。クラスメイトや、今まで友達だったやつらとも、距離を取りはじめた。伊達眼鏡をかけるって言い出したときは『そこまでやるか?』って思ったよ。だけど……俺は、俺だけは、前と変わらず、ずっと一緒にいた。紫季が、俺だけには心を許してくれてるって、その事実が、ただ……嬉しかった」  ――それだけのはずだったのに。  そう呟いた凛太朗の声は、小さく、力なかった。 「いつの間にか、紫季を好きになってた。あんなに嫌悪してた、あいつと同じように。独り占めしたいって思って……この手で紫季に触れたいって願うようになって……。自分の馬鹿さ加減に、心底うんざりしたよ」  凛太朗は鼻先で笑った。どこか、自嘲するように。 「紫季のことを心配しながら、心の中では『ずっと一人でいてくれ』『俺だけを頼りにして、縋る相手も俺だけでいい』って、そう思ってた。……あのときの、あいつと同じように」 「あのときって……?」  紫季が不思議そうに問い返すと、凛太朗は一瞬だけ目を伏せて、それから淡々と話しはじめた。 「あの健二っていう家政夫と、初めて会った日だよ。俺が推理小説を持って、紫季の家に行った日。あのとき、紫季のいないところで、あいつが俺に言ったんだ。 『もう紫季くんには俺がいるから、キミはお役ごめんだね』って。 紫季くんが頼るのは、何もできない同級生のキミじゃなくて、歳上で、存分に甘やかしてくれる俺だよ――ってね」 (……そんなことがあったなんて。知らなかった) 「今なら、小学生相手にマウント取ってくるなんて、しょうもない奴だって思えるけど……当時は、自分でも気づいてなかった心の奥を突かれて、ショックだった。そこからどんどん、思考があいつと重なってくみたいで……この気持ちは、絶対に隠さなきゃいけないものだって思った」  ――ま、鈍感な紫季には隠さなくても一ミリも気づかれなかったけどね。  そう言って、凛太朗はそっと紫季の眼鏡のつるに触れ、クイッと持ち上げた。   「だからさ、安心しきってたんだよ。あいつはもういないし、紫季は自ら孤立していく。周りの誰も、紫季の魅力に気づかない。……このままずっといられる、って。紫季の“親友”ってポジションで、いちばん頼れる存在でいられる――って、ついさっきまで、そう思ってた。だけど……」

ともだちにシェアしよう!