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第14話 恋の追撃はとめどなく

 そこからきっちり5日間、凛太朗は夜ご飯を紫季の家で食べ、そのまま紫季の部屋でふたり並んで勉強するのが日課になった。  紫季の得意な英語を凛太朗に教えたり、逆に数学を教えてもらったり――まるで告白なんてなかったかのような、穏やかな時間が流れていた。  そして、今日はその最終日。  明日、凛太朗の母親が旅行から戻ってくる。  いつものように並んで勉強しているはずなのに、紫季の集中は今ひとつ。  さっきから単語帳の同じページを睨みつけたまま、一向に進まない。  とうとう「バタン」と音を立てて閉じた。 「凛太朗、お前……フットサル場のバイト、どうしたんだ?」  手元を止めて、紫季はずっと気になっていたことを口にした。  最近は毎日のように一緒に帰っているから、いつ働いているのか不思議だったのだ。 「バイトね。今は土曜の午前だけにしてる。もう受験モードだし、減らしてもらったんだ。夏休みまでは行くけど、それ以降は辞めるって話してる」  そう言いながら、凛太朗はビーズクッションにごろりと倒れ込んで、伸びをした。 「ねえ、紫季が俺のこと気にするなんて珍しい。……ちょっとは俺のこと、気になってきた?」  ニヤリと笑う凛太朗に、紫季は返事に詰まり、顔を少し俯けた。  部屋の中、パイナップルみたいに結んだ前髪がふわふわ揺れて、眼鏡も外しているから、長い睫毛に縁取られたヘーゼルの瞳がむき出しになる。  頬の赤みなんて、凛太朗にしてみれば隠しきれるわけがない。 「凛太朗のことは……ちゃんと考えてる。俺の、たった一人の友達だし。でも、正直、友達のままでよかったって……今でも思ってる。恋とか愛とか、そういうのって、俺にとっては――ろくでもなかったから」  言いながら、紫季は小さく息を吸って、続けた。 「ちゃんと人付き合いして、得したことなんて一度もない。でも、もう、それじゃダメなんだろうなって思ってる。……お前は、いい加減に扱っていい相手じゃない。それはわかってる……」  言葉を区切って、深呼吸。  肺いっぱいに空気を取り込んで、紫季は真っ直ぐ凛太朗に向き直った。 「不誠実なのは分かってる。でも、もう少しだけ……時間が欲しい。俺とお前の“いちばんいい形”を、今考えてるから。お願い、もうちょっとだけ待って。ごめん……」  紫季の真剣な表情に、凛太朗は堪えきれずニヤけてしまう。  怒られそうだから、唇をギュッと巻き込んで、どうにか真面目な顔を保とうとするが、口角がぴくぴくしていた。  紫季はこの5日間、凛太朗のことをずっと考えていた。  何度考えても、答えなんて出なかった。むしろ考えすぎて、思考はぐつぐつ煮えたぎるばかりだった。  それでも、最後に辿り着いたのは――「凛太朗を知る」ことだった。 「凛太朗。俺たち、幼稚園から一緒だけど……意外と、知らないことっていっぱいあるんだなって思った。だから、これからは……ちゃんと、お前のこと、知っていく。そう決めた」  最後まで言い切ってから、紫季は「あぁぁーーー!恥ずかしい!」と叫びながら床に転がる。  顔を真っ赤にして、クッションを引っ掴み、頭ごと埋めた。 「うわ、やば……」 凛太朗の口から思わず声が漏れた。 「何が?」 「いや、可愛すぎるって。反則だろ、それは」  凛太朗はさらにニヤけて、口元どころか顔全体が緩みきっていたので、慌てて両手で顔を覆った。 「なっ!!可愛いは違うだろ?可愛いって言葉は使うなって言っただろ⁇」 「だって可愛いんだもん……俺のこと、ちゃんと考えてくれてたんだーって思ったら、もう無理だった」 「ばっ、……っ、それでも“可愛い”は禁止って言ったろ!」  寝転がってる凛太朗の頬を摘んで引っ張った、その瞬間。 身体を支えていた左腕がツルッと滑り、そのままバランスを崩して、凛太朗の横にドスンと倒れ込んだ。 「いってー。肘打った……」  目を開けた瞬間、紫季と凛太朗は鼻先の距離10センチの所にいた。  ビックリしてフリーズしていると、「あと10センチ近くに|転《こ》けてたら、ラッキースケベでキスできたのになぁー」  そう言うと、紫季の前髪をふわふわ触ってから凛太朗は起き上がった。 「ね、紫季。俺からも気になってた事きいていい?」 「え、う、うん…」  まだ状況が飲み込めず、アタフタしている紫季は適当に返事した。 「山中さんの返事、どうしたの?」  その言葉に一瞬で冷静になった。紫季はゆっくりと体を起こし、凛太朗と面と向き合う。   「…ちゃんとお断りしたよ。早く登校した時、机の中のわかるところに返事を書いた手紙を入れた」 (次の日、わざわざ手紙ありがとうって言われたっけ…)  凛太朗は驚いた様子を隠せずにいる。 今までの紫季からは考えられなかったからだろう。  紫季は今まで、人から好意を向けられても、まともに向き合うことができなかった。  手紙が来ても返事をせず、その場で「無理」と切ってしまったこともあった。  母のネグレクトや、家政夫の事件―― 人との関わりを避けてきた紫季にとっては、それが精一杯だった。 「俺の何を知って好きとか言えんの?」――いつも、そんな風に思っていた。  でも、今回。 唯一、まともに人付き合いしてきた凛太朗に告白され、適当に流すことも、今までの関係を断ち切る事もできなくなった。  赤の他人にどう思われようが関係ない。好かれようが、嫌われようが、どうでも良いスタンスだった紫季にとって、凛太朗の告白は自分を見つめ直すキッカケにもなった。 「そっか…」 「うん。あのクラスの中ではまともで良い子だったんだけどね…好きとか、そんなのは全然思わなかった」 「まっ、山中さんには悪いけど、俺はラッキーだね!  だって紫季って、好き嫌いめっちゃハッキリしてるだろ?その紫季に即効で断られてないってことは……望みアリ、ってことでしょ?  山中さんは可愛いし、絶対また素敵な彼氏できるよ。紫季の魅力に気付ける、見る目ある子だし」  (そうだといいな…)  紫季は、素直にそう思えた。

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