19 / 46

第19話 心の攻防戦

「…は?何それ。どういうこと?」  思いがけない凛太朗の言葉に、心臓を鷲掴みされたように胸がギュッと痛む。 「俺の告白からもう2ヶ月近くたった。最近は、なんか…こう…言いたい事があるのに言葉を飲み込んでるような感じがしたから。それは、本当は断りたいけど、俺が傷つくと思って言えないだけなんじゃないかと思って…」  凛太朗が俯いて小さくため息をもらす。そして、紫季の頭をポンポンと撫でた。 「もう十分悩んだだろ?ここまで待ってyesが出ないならそういうことだ。別に俺の告白を断ったからって、友達まで辞めるわけじゃないんだ。心配するなよ。今までどうり、元に戻るだけ…」 "ドン" 「いやだ!!」  紫季は、凛太朗をベンチに押し倒し、その上にのしかかった。  押し倒された凛太朗は、驚きつつも、抵抗もせず、目を伏せて紫季を見上げた。  その瞳には、どこか期待のような、切なさのような、微かな熱が宿っていて——  そして紫季は、凛太朗の頭を両手で抱え込み、唇と唇を重ねた。  ほんの短い、軽いキス。けれど唇が触れた瞬間、紫季の心臓は飛び跳ねた。ドクンドクンと鼓動が早くなり、今にも口から心臓が飛び出しそうで、肩で懸命に息をする。  同時に、目の奥がツーンと痛くなり、今にも涙が溢れそうだ。 「…っいやだ…なんでそんな事言うんだよ…」  声に出した瞬間、紫季の瞳からは涙がこぼれ落ち た。  凛太朗は紫季の涙に気づき、そっと頬に手を伸ばした。でも、その指先は寸前で止まり、代わりに紫季を強く抱きしめた。 「バカ!バカバカ!勝手に俺の気持ち決めんな!返事待たせたのは悪いけど、お前の事、ちゃんと沢山考えたんだよ!そりゃもう頭がハゲるぐらい!微分積分より考えたんだよバカ!!本当は友達のままがよかったのに…お前が好きとか言うから!だから…っ」    紫季はふいに引き寄せられ、気づいたら凛太朗の腕の中にいた。頬が胸にピッタリとくっついて、凛太朗の体温と早く波打つ鼓動が直に感じられる。紫季の胸もシンクロして同じ速さで鼓動した。 「うん。ごめん。ごめんな。紫季、俺も大好き」  紫季は、自分の背中を覆う両腕に思い切り力が込められ、息ができないくらい抱きしめられた。  けれど、不思議と苦しくない。だんだんと緊張の糸が緩み、心が解けていく。  紫季は、そっと静かに涙を流した。 「俺も大好きって…お前。俺はまだ好きなんて言ってない」 「でも大好きだろ?俺のこと。俺は紫季が大好きだ!うわーーー!やべーー!これ現実?うわー、うわー、泣きそう…」  突然の凛太朗の静かな雄叫びに、紫季はクスッと笑った。 お互い、さっきまでの緊張が溶けていつもの友達の距離に戻る。 (うん…これはこれでいいんだ) 「泣くなよ。俺を落としたからには、めちゃくちゃ大事にしろよ!もう友達には戻れないんだからな!最後まで責任持てよバカ凛太朗」 「ちょっとさぁ、ムード大事だよぉ?しきぃ…」 「それはコッチのセリフ」 「もぉー、あー言えばこー言うんだから…でも。」  凛太朗は、紫季の頬をそっと包むように優しく触れた。   「……紫季」 「ん?」 「これからは、こういう恋人の距離の時間も欲しい。できればいっぱい…だから、覚悟してね」   凛太朗が急に甘く色気のある声になり、顔つきが獲物を仕留める雄のようになった。  突然の甘ったるい雰囲気に、紫季は身体が硬直して頬に熱が込み上げてくる。 「紫季…好き…」  紫季はグッと顔を引き寄せられ、そっとキスされた。  紫季がした小鳥のような軽いキスではなく、しっかりと唇と唇が触れ、ふにっとした感触が直に伝わる。 「これが恋人の距離。ちゃんと慣れろよ、紫季。 今から俺は紫季の彼氏。紫季は俺の彼氏。」  紫季が呆気に取られている間に、凛太朗は上体を起こしカバンからおにぎりを取り出して、ぺろっと5口でたいらげた。 (え?今キスしたよね?ねぇ、したよね?) 「ほら、図書館戻るぞ。俺らは受験生だからな。ちゃんと恋人もするけど、ちゃんと勉強もする。絶対どちらか諦めるような事はしないからな。紫季もできるだろ?」 「え……多分……」 「多分じゃない。やるの!ほら、行こう」 (なんだそのテンプレみたいな理想の彼氏宣言…… ついさっきまで俺、泣いてたんだけど?) 「……変わり身がすぎる…」  紫季は図書館へ向かいながら、小さく1人ごちた。 ふと見上げた空は、さっきまでの涙の空気を嘘みたいに晴れやかで、紫季は小さく笑いながら、凛太朗の背中を追いかけた。

ともだちにシェアしよう!