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第21話 恋人、つまり彼氏
「うっ……」
通常出すための器官に、自分の指が入っている違和感に戸惑いを隠せない。
ゆっくりゆっくり奥に指を進めていくが、気持ちよさより痛さが勝る。
紫季は深呼吸をして、少し馴染むのを待った。
少し萎えてしまった紫季の性。けれど、まだ身体の熱は|治《おさ》まっていない。ふうふつと内側から熱い欲が込み上げてくる。
紫季は右手で指の輪っかを作り、もう1度ゆっくり性器を扱いていく。
そして、頭の中で凛太朗の唇の柔らかさを思い出しながら、2人のセックスを思い描く。
すると、だんだん硬さを取り戻して|唆《そそ》り勃ってきた性器を、今度はしっかり握り上下にリズムよく扱いた。
「はっ…あっ……ん……」
紫季は、ぞくぞくと身体の芯から何か込み上げてきて、ふわふわした感覚になる。絶頂が近いのか、額に汗が滲み腰が勝手に浮いてくる。
(あっ……凛太朗…凛太朗!イクッ!)
紫季は射精の瞬間、無意識に凛太朗を求めていた。
ドロリとした濃厚な液体が溢れ出し、ドクッ、ドクッと小刻みに流れ出たそれは、紫季の右手を白濁に染めた。
「おはよう、紫季」
「おはよう紫季くん。今日も早いね」
「……うん、おはよ。父さん、茜さん。葵はまだ寝てる?」
「そうなの。昨日、遅くまで起きてたから、まだ寝てるのよ」
凛太朗と恋人になってから、まだ数日。
同じ頃、紫季の家にも“新しい家族”がやってきて、家の空気はがらりと変わった。
リビングに広がるおもちゃの山。壁には、クレヨンで描かれた絵や、折り紙で作ったへんてこな動物たち。
洗面所のコップは二つから四つになり、小さな踏み台がいくつも置かれている。
整然としていた家は、今ではどこを見てもカラフルで賑やかだ。
紫季は、その変化にまだ馴染めないままでいる。
家だけではない。
長年一緒に暮らしてきた家政婦の鈴木さんが、今週いっぱいで退職する。
父が茜さんに「慣れるまでの間、家事の負担を軽く」とお願いし、あと三日だけ残ってくれているのだ。
紫季の食卓にはまだ鈴木さんの味がある。けれど、それもあと数回だけ。
特に、鈴木さんの唐揚げは絶品で、凛太朗も「世界一うまい」と言っていた。
それが、なくなる。
そして、静けさも、もう戻ってこない。
帰宅しても、休日も、夜も……葵の声や物音がどこからともなく響いてくる。
昔は、紫季と父の二人暮らしだった。
必要最小限の会話と、生活音だけで構成された空間。
それが、今はまるで違う。
紫季は、自分の家なのに「部外者」になったような気持ちになる。
変わっていないのは、自分の部屋だけだ。
扉を閉めたら、そこだけが、昔のまま。
でも、それすらも、心を安らげてはくれない。
(……誰も悪くない。茜さんも、葵も、誰も)
そう言い聞かせて、紫季は無理に笑顔を作る。
用意された朝食をゆっくり口に運ぶが、味がしない。
凛太朗と付き合い始めたばかりの、自分の中の甘さと浮かれた気持ち。
それと、目の前の「新しい家族」の中でいい子を演じる、自分。
ふたつの自分が噛み合わず、心が軋んでいる。
「ごちそうさま。……ごめん、ちょっと食欲なくて、残しちゃった」
紫季は、ご飯を1/3ほど残して席を立った。
「いってきます。今日も予備校の自習室で勉強してくる」
そのまま早足でリビングを出ると、玄関のドアを閉めた瞬間、胸の奥から息が漏れた。
ふっと、ため息のような、逃げるような……
「おはよ、紫季」
「おはよ、凛太朗」
毎朝のお出迎えは、付き合う前も、付き合った今も変わらない。
毎日変わらず、爽やかな笑顔で待ってくれる凛太朗に、本当に頭が下がる。
(この笑顔に、何度救われたことか……)
「なに? そんなジッと見て」
「いーや、なんにも。行こ」
紫季は、吹っ切れたように軽やかな足取りで歩き出す。
そのあとを、凛太朗が自然と並んで歩いてくる。
「紫季、お前、ちゃんと寝てるか?」
「なんで? 寝てるよ、普通に」
「だって、めっちゃクマできてる。紫季、肌白いからさ。青く浮いたクマ、すごく目立つんだよ」
「えっ……」
ふいに伸びた凛太朗の大きな手が、そっと紫季の頬に触れる。
親指がクマのあたりを撫でた瞬間、紫季はビクリと肩を揺らした。
昨夜、この凛太朗の手を、柔らかい唇を思い浮かべて、一心不乱に自慰に耽った自分を思い出して、思わず勝手に気まずくなって目を逸らす。
無意識に顔が火照って、視線を逸らしてしまう。
「あー……紫季。今、絶対やらしいこと考えたでしょ? 顔が、エロくなってるもん」
「なっ、違っ……!」
図星を突かれて、紫季はパニックになったように慌てる。
「うわ、マジで図星じゃん。うわー、慌ててる紫季、可愛い〜。顔、真っ赤だよ?」
「違うってば! はぁぁ……っ」
みるみるうちに顔が紅潮し、耳の先まで熱くなる。
堪らず足を速めて凛太朗から逃げようとしたけど、凛太朗の方が一歩先に追いついてくる。
「ねぇ、どんなこと想像したのかな〜? 紫季ちゃんは」
普段はクールで淡々としてるくせに、紫季にだけは子どもみたいにちょっかいをかけてくる。
好きな子をからかいたい、小学生男子のような天邪鬼。
……けれど、やられっぱなしの紫季の心には、もやもやが積もっていた。
「――そうだよ」
ピタリと足を止めて、紫季は凛太朗を見据えた。
「昨日、俺はお前で抜いた。昨日だけじゃない。付き合ってから、毎日抜いてる」
「……えっ?」
「全然、勉強なんか集中できない。エロいことばっか考えて、何も手につかない」
「……紫季?」
「セックスの時、どっちが挿れるのか、どっちが挿れられるのか――そんなことばっか。お前のここは、どんな風になってるのかなとか。ずっと妄想してんのに……冷静だな。凛太朗は」
紫季は、冷静な口調で爆弾発言をかまし、去り際に凛太朗の股間をガシッと鷲掴みにしてスタスタと歩いて行く。
「ゔっ…」
突然の衝撃に、凛太朗はその場にヘナヘナと座り込んだ。
紫季はその姿を見下ろして、意地の悪い笑みを浮かべる。
「あれぇ? どうしたの? 立てないの? 大丈夫ですかー? 凛太朗くん。学校、遅刻しちゃいますよ。巻き添え食いたくないんで、お先にー」
言い放って、紫季は足早に歩き去っていった。
「待てっ……紫季!」
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