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第22話 恋人、つまり彼氏
(なんだよ…あいつ、なんであんな余裕なんだ?)
振り向いたら、まだ道路の端でうずくまっている凛太朗が見えた。
(まさかあんなちょっと触っただけで勃って動けないとかないよな?)
少し可哀想になってきて、歩いた道をゆっくり引き返す。
「凛太朗、まさか勃ったの?」
その言葉に、凛太朗はギッと紫季を睨みつける。
「当たり前だろ?ってかなんだよ、さっきの爆弾発言は!想像しちゃっただろ!どーしてくれんだよ」
「…お前が聞いてきたんじゃん…」
「そうだよ、そうだけどさ…」
紫季はその場にしゃがみ、凛太朗を覗きこんだ。珍しく頭を抱えて苦悶する凛太朗が愛しくなってきて、思わず頬が緩んだ。
すると、消えそうなほど小さな声で凛太朗が呟く。
「紫季…」
「なに?」
「ね…今日うち来ない?親2人とも帰ってこないんだけど」
俯いたままの凛太朗が、紫季の小指をキュッと握る。たった2本。親指と人差し指で握られただけなのに、凛太朗の指先が汗で湿っているのがわかる。
お互い熱を帯びていて、小指だけじわっと暖かい。
「……変態」
「……ダメ?」
そこそこ大きな男が、上目遣いでこちらを見てお伺いを立てている。
一瞬、凛太朗の頭に子犬の垂れた耳が見えたような気がして、思わず「いいよ」と言ってしまった。
『一回家に寄ってから行く。先帰っといて』
昼休みにそう打ち込んだ後も、紫季の胸は落ち着かなかった。
凛太朗の放課後の誘いが頭から離れなくて、授業なんて右から左だ。
これまでずっと、隣にいるのが当たり前で。
なのに、今の凛太朗はどこか“別人”みたいに見えて――妙に眩しくて目が逸らせない。
上半身は薄いけど、袖から見える腕にはちゃんと筋肉があって。
あのシャツの下、もっとちゃんと鍛えられてるんだろうなって。
しかも、パンツ越しでも分かる太ももとお尻……まだ健在って、なにあれ。
たるみのない100点のフェイスラインに、派手さはないけど丁寧に配置され、気品が滲み出る顔の造形。そして、紫季より薄くて少し大きい唇…
(全然柔らかそうじゃないのに、フニってした……なんで!?)
そんな事を考えながら昼のパンを食べていると、ガラッと教室のドアがあいた。
「紫季!ちょっといい?」
ガラッと開いたドアの音に、教室が一瞬で静まり返る。
そのあと、ざわ……と空気が動いた。
「理系の雨宮くんじゃん」
「やばー!イケメンの秀才!」
「ってか、なんで森くん?」
「どういう組み合わせ?」
クラスのほとんどが、納得がいかないと言うふうに眉をひそめて噂話を始める。
紫季は思わずパンを机に放り出して立ち上がる。
わざとらしくないように、でも急ぎすぎないように――
絶妙に不自然な歩幅で凛太朗の元へ行き、バンッとドアを閉めた。
「おっまえ、何考えてんの⁉︎ 昼休みに教室来るって正気⁉︎ 頭いかれてんの!? バカか!? アホか!?」
紫季は周囲の視線を感じながら、凛太朗の腕をぐいっと掴む。
そのまま、迷いなく校舎裏へ引っ張って行った。人目のない場所まで――
「だって、メッセージきてただろ?あれ何だったのか、ちゃんと聞きたくて。なんで別々に帰るの?」
「そこじゃない!学校で話すなって言ったよな?目立ちたくないんだよ!わかれよ!」
紫季は凛太朗につかみかかり、大声でわめく。
カッとなって手が小刻みに震えている。
対して、凛太朗は至って冷静だ。
「紫季はもう大丈夫だろ?目立っても、話しかけられてもさ。ちゃんと、返せるようになったじゃん。
俺、ちゃんと見てたからな。
俺ときっちり向き合えたんだ。もちろん山中さんともね。
もう、みんながみんな敵じゃないってこと、紫季はわかってる。せっかく高校生活最後の1年なんだ。ちょっとは周りと打ち解けてみろよ」
紫季は、眉間にぐっと皺を寄せて凛太朗を睨みつける。すると凛太朗に眉間をグリグリ伸ばされ、ピンとデコピンされた。
「いてっ」
「なぁ、紫季。8組にもさ、けっこういい奴いっぱいいるんだぜ?
しょーもないこと言う奴は、適当に受け流しとけばいいんだよ。
紫季も、周りも、俺らが小学生の頃よりずっと成長してるんだから大丈夫。
それでも馴染めなかったら、俺が毎日休み時間の度に押しかけるから。
ずっと紫季のそばにいるよ。ほんとはさ、大声で『紫季は俺の彼氏だぞー!』って叫びたいくらいなんだけど……それはイヤ、だろ?せめて、友達の距離くらい許せよ」
そういうと、伸ばした眉間にそっとキスされた。
怒鳴り散らして、ボコボコにしてやる気満々だった紫季は――
唐突にキスされて、目を丸くする。
脳が一瞬止まり、怒りの炎は音もなくしゅるしゅると萎んでいった。
代わりに今日の約束と先程のキスの感触が蘇ってきて、みるみるうちに顔が赤くなる。凛太朗の正論パンチに気圧され、完全に怒るタイミングを失っていた。
「で、なんで別々に帰るの?それが聞きたくてきたんだけど」
「それは……言いたくない…」
「なーんでなん?」
(こいつ…普段の会話なんて、適当にへらへらと流すくせに、なんで今日はこんなしつこいんだよ)
紫季の顔はどんどん俯き、耳まで赤く染まっている。
(こいつ、本当にわかってないのか…?)
「紫季?しーき?」
「だぁー、もー、しつこい!
ほら、色々あるだろ!? 買い物とか、準備とか!俺、初心者なんだからな!
……気持ちの準備くらいさせろよ!
察せよバーカ!凛太朗のアホ!空気読め天然ボケ!!」
紫季は、暴言含め言いたい事全部言ってその場から走り去って行った。
「何あの可愛い生き物は……」
凛太朗はへたり込むように地面にうずくまり、頬を押さえてひとりごちた。
――紫季、反則すぎる。
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