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第2話③
(あれ……?)
僕は目を瞬いた。すぐに視線は外されたけど、今、睨まれたような気がする。
(……気のせいだよね。だって初対面だし)
そうは思うものの、何となく釈然としない。
黒髪の彼は機嫌悪そうに黙り込んで床を見つめている。見かねたように、蓮さんが彼の肩を叩いた。
「ほら、千里 、挨拶しないと」
せっつかれて彼がようやく口を開いた。
「……相良 、千里 」
ただそれだけを言って、彼――千里くんは再びむすっと黙り込んでしまう。僕はすっかり面食らった。
だって全然にこりともしないし、目つきも鋭いし、極めつけは耳にたくさんついたピアス。銀色にひかる金属のピアスは、片耳に三個ずつ……いや四個ずつついている。真っ黒の短髪で側頭部を刈り上げた今どきの髪形もTシャツの着こなしもあか抜けていて格好いいけど、なんとも気難しそうだ。
「あー……えっと、すんません。コイツ緊張してるみたいで」
蓮さんが明るい声でフォローを入れる。
蓮さんの話によると、どうやら三人は小さいころからの幼馴染らしい。蓮さんと蒼佑さんが大学二年生、千里くんが蓮さんたちの三つ年下で高校二年生。
蒼佑さんも説明を加えてくれる。
「俺と蓮がここでバイトするって話したら、千里も『俺もやる』って言い出したので、俺たちが保護者がわりに連れてくることになったんですよ。凪くんは千里と同じ年だよね。良かったな、千里」
蒼佑さんの言葉に、千里くんがちらりとこちらを見る。
僕は緊張しながらも千里くんに微笑みかけてみた。でも千里くんは目を鋭く細め、それからさっと目をそらしてしまう。
(これって……やっぱり睨まれてるよね?)
蓮さんの言う通り緊張しているだけかなとも思ったけど、千里くんは叔父さんやばあちゃん相手だとぎこちないながらも普通に受け答えをしている。だけど僕の方は見ようとしない。
どうしてだろう。何か気に障るようなことをしちゃったのだろうか。
同じ年だし仲良くなれたらいいなと思っていたけど、この様子だと友達になるのは難しいかもしれない。
「んじゃ明日からこいつら三人寄こすからな。しっかり指導してやるんだぞ、凪」
「あ、うん……」
豊叔父さんに肩を叩かれて、僕はとりあえず頷いた。だけど正直すごく先行きが不安だ。
「俺と蒼佑は去年も他の海の家でバイトしてたから慣れてるよ! なんでも任せてね、凪ちゃん!」
蓮さんが自信満々に胸を叩く。
(え、『凪ちゃん』って……)
と一瞬思わなくもなかったけど、僕が何かいうより先に、蒼佑 さんが呆れたような顔で口を開いた。
「蓮、そんなこと言うけど、ビールぶちまけて焼きそばひっくり返してたのは誰だっけ?」
「な、何言ってんだよ! んなことするわけねえだろ! 俺だって去年よりはレベルアップしてんだよ!」
「だといいけどねえ」
息の合った会話に、思わず苦笑が漏れてしまった。蓮さんも蒼佑さんも面白い人だ。
ふと千里くんの方を見ると、また目があった。しかし今度もさっと視線を逸らされてしまう。
(なんだろう。僕、何かやらかしたのかな)
考えてみたけどわからない。どちらかと言えば相性の問題のような気もする。
(合わないなら、僕が我慢すればいいだけのことだよね。一か月のあいだだけだし……)
そう胸の中でつぶやくと、少し落ち着いてきた。
なんとか一か月、無事にしのげますように。
僕はため息を押し殺し、心の中でそっと願った。
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