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第3話①

 海開きから三日。  入浜海水浴場は毎日天候にも恵まれ、たくさんの家族連れが訪れている。  僕たちの海の家『しおさい亭』も連日大盛況だ。 「凪、ラーメン二丁出来たよ」 「はーい」  厨房からばあちゃんに声をかけられ、僕はカウンターへ取って返した。ラーメンをお盆に乗せ、小上がりになっている座敷に上がる。 「醤油ラーメン二つ、お待たせしました」  家族連れのお客さんの前にラーメンをお出しすると、三歳くらいの男の子が「わあい、美味しそう!」と歓声をあげた。 「熱いから気をつけてね」と子供用のフォークとスプーンと取り皿を渡す。男の子はお母さんに取り分けをしてもらい、嬉しそうに食べ始める。  僕はそんな楽しそうな親子の姿を眺め、頬を緩めた。  楽しそうに海の家で過ごしてくれているお客さんの姿を見ると、言葉に出来ないくらいに幸せな気持ちになる。僕にとって入浜の海も『しおさい亭』もかけがえのない大切な場所なのだ。 「会計お願いしま~す」  背後でお客さんの声が聞こえた。  立ち上がろうとしたが、「は~い!」と蓮さんが先に応えてくれた。蓮さんは空いた皿の回収を蒼佑(そうすけ)さんに任せ、会計のレジの前に走っていく。  初日に蓮さんが「なんでも任せてもらっても大丈夫!」と自信満々に言っていたのは伊達ではなく、大学生二人組は即戦力だった。蓮さんと蒼佑さんとの連携もばっちり、お互いの仕事を補う動きはベテラン並みだ。 「あの~、お兄さんって大学生なんですか? かっこいい~」  そのとき、レジの方から女の人の弾んだ声が聞こえてきて、僕は思わず聞き耳を立ててしまった。ちらっと声の方を見れば、蓮さんが会計を済ませたお客さんに話しかけられている。 (わ……これって、ナンパだよね)  この海は家族連れが多く、あまりそういう光景を見たことがないので驚いてしまった。  二十代前半らしき女性客の顔には、明らかに蓮さんへの好意が浮かんでいるし、さりげなく蓮さんの肩なんかに触ったりしている。随分積極的だ。蓮さんの方も嫌がる様子もなく愛想よく答える。 「そうですよ~。お盆まではここでバイトしてるんで、良かったらまた食べに来てください。こんなに可愛い人なら大歓迎っす!」  にかっと爽やかに微笑めば、女性たちは一気に盛り上がる。 「え~また来ちゃいます!」 「ってかお仕事終わったら遊びません?」 「お、いいっすね! じゃ連絡先交換して――」 「駄目だよ、蓮」  すっと遮ったのは蒼佑さんだった。音もなく近づいた蒼佑さんは、蓮さんが手にしたスマホを取り上げると、女性客に向かって優しい笑顔を浮かべて話しかける。 「すみません、俺たちここの仕事終わったらペンションのほうの手伝いもあるんですよ。また食べに来てくださいね」  穏やかながら有無を言わせない口調に、女性客たちは早々に諦め、名残惜しそうに帰っていった。 「……蒼佑、邪魔すんなよ。せっかく綺麗なお姉さんと仲良くなれそうだったのに」 「何言ってんの、トラブルの元でしょ? しおさい亭にも豊さんにも迷惑がかかる。だめだよ、ああいうのは断らないと」 「別にいいじゃん、個人的に遊ぶだけなんだから。上手くやるからトラブルなんかにならねえよ」 「だめなものはだーめ」  すっぱりと言い切ると、蒼佑さんは踵を返し仕事に戻っていった。  蓮さんはそんな蒼佑さんの後姿を見つめ、「なんだよ……」と口をとがらせている。拗ねたような顔だけど、それがまたとても可愛く見えてきて、僕は微笑ましい気持ちになった。  蓮さんと蒼佑さんはしょっちゅう言い合いはするものの、喧嘩するほど仲が良いってやつだと思う。少しやんちゃなところのある蓮さんのことを、蒼佑さんは放っておかないようだし、蓮さんも蓮さんで文句はいいつつも、蒼佑さんのことを信頼しているみたいだ。本当にいいコンビだと思う。  仲の良い二人の様子を見てにこにこしていると、突然厨房のほうから、がっしゃーんと派手な音が聞こえてきた。 「え、何……?」   

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