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第4話②
音の方に顔を向けると、白い車が駐車場に入ってきたのが見えた。車高が低い改造車からは、爆音の音楽が漏れ聞こえてくる。
(なんだろう、あの車……)
車から降りてきたのは、降りてきたのは二十代前半くらいのカップルだ。楽しそうに腕を組みながら、浜辺のほうへと向かっていく。
それをぼんやりと見つめていたが、二人が服を脱いで水着で波打ち際へと歩いていくのを見て、はっと我に返った。
この海水浴場では、遊泳時間は八時から五時までと決まっている。
入浜はおだやかな海だが、夕方から夜にかけて、波が高くなることがあるのだ。だから夜間は遊泳禁止とされている。海へと続く道の入り口にも駐車場にも注意を促す看板が立っているはずだけど、それを知っていても海に入る人もいて、最近は問題になっていた。
(どうしよう……注意した方がいいんだろうけど……)
見るからに柄が悪そうな人たちなので怖いし、関わり合いになりたくないし……。
そのとき、またふっと千里くんの言葉が蘇った。
『言いたいこと呑み込んで我慢してても、ずっとそのままだろ』
一瞬僕はぐっと息を詰め、それから『いやいやいや……』と息を吐きだした。千里くんは嫌なことは嫌と主張しろと言っただけで、こういう状況のときのことを言っていたわけじゃない。
(……でもなんでだろう。なんかむかむかしてきた)
胸の底から潜んでいた怒りに近い温度の高い感情が、徐々にふつふつと表面に湧き上がってくる。
誰に対する怒りだ? 自分に対する怒りなのか?
わからない。だけど僕は、気が付くと外へと飛び出していた。
入浜 海水浴場は、こぢんまりしているので、海の家がある広場から階段を10段ほど下りるともう砂浜だ。
僕は階段を駆け下り、海へと入っていく水着姿の彼らの後姿に向かって声を張りあげた。
「あの……っ! すみません! もう遊泳時間、終わってるので……っ」
思ったよりも大きな声が出た。カップルが驚いたように振り返る。
「え、誰ぇ?」
と水着姿の女性が眉を寄せる。
「あっ、えっと、僕は……そこの海の家の者ですけど」
「は? 何だよお前。バイトかぁ? 邪魔すんなよ」
金髪の男の人が僕のことを上から下まで舐めるように全身を観察し、それからふんと鼻で笑ったのが見えた。
(ふっ、あんなチビ相手にもなんないぜ)って感じの顔だ。
またふつふつと怒りが込み上げてきて、僕は男の人に向かって叫んだ。
「でもっ、今の時間は、遊泳禁止なので!」
「アァ!?」
男の人がその瞬間大きな声を出した。思わずびくっと身を引いた僕に、男の人が罵声を浴びせかける。
「うるせえ! こっちは遊んでるだけだっつーの! ガキがいちいち口出すなよ!」
大きな声で叩きつけられるように怒鳴られて身が竦んだ。
僕は今まで生きていて、こんなふうに他人に怒鳴られたことがなかった。さっきまでむかむかとしていた怒りは一瞬で吹き飛び、頭が真っ白になる。今さら自分の無謀さと考えのなさを後悔しても遅かった。
男の人は、怯えて固まった僕の様子に満足そうな顔をして少し笑って、今度は急に猫なで声を出してきた。
「ぼくちゃんは家に帰って、ママのおっぱいでも飲んでた方がいいんじゃないでちゅかぁ~?」
その言葉に、隣にいた女の人が爆笑する。
言葉が出ない僕を気のすむまで嘲り笑うと、二人は僕の存在などなかったかのように無視をして、また海に向かって進み始めた。
――いつものように、ただ黙ってればよかったじゃん。
自分の頭の中で声がした。
――見ない振りして、気づかない振りしていればよかったじゃん、変な気を起こして関わるから、こんなことになるんだよ。
違う、と言い切れる力なんて僕にはない。
(やっぱり僕は……)
俯き、自分の手のひらを見ると、細かく震えている。怖かった。惜しさと情けなさにじわっと目から涙が滲みだしてくる。
でもこんな奴らのせいで泣くなんて死んでも嫌だ。ぐっと唇を噛んだとき、後ろから砂を踏みしめる音が聞こえた。
「おい、何やってんだ」
と、低く鋭い声が砂浜に響いた。第三者の声に、男の人と女の人が、怪訝な顔で振り返る。僕は息を呑んだ。
(え……嘘。この声って……まさか……)
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