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第5話①

 海の家が営業を開始してから十日。  初めての海の家の仕事に戸惑っていた千里くんもすっかり慣れ、蓮さんたちと軽口を交わしながら仕事をこなせるほどの余裕が出てきた。もちろん蓮さんも蒼佑さんも相変わらず優秀な働き手なので、しおさい亭は更にますます安泰だ。  そしてもうひとつの変化は、浜辺で『友達になろう』と握手を交わしてから、僕と千里くんは急速に打ち解けたということだ。  以前のそっけない態度が嘘のように、千里くんは僕のことを『凪』と呼んで話しかけてきてくれるようになった。もちろんそれは僕にとって喜ばしい変化。  こうして僕たちは無事に、しおさい亭の座敷のテーブルで一緒に宿題を広げる仲になったというわけだ。 「うわ~、千里くんの学校の宿題って、そんなに多いんだ」  僕は千里くんが持ち込んできた夏休みの宿題の量を見て、目を丸くした。 「一応進学校だからな。他のやつらは宿題もやって塾にも通ってるから、俺は少ない方」 「ひえ~」  千里くんは県庁所在地の街なかに住んでいて、僕でも名前を聞いたことがあるくらいに有名な進学校に通っている。僕の高校と比べると、倍以上の宿題の量だ。田舎ののんびりとして学校でよかったな、なんて内心思ってしまう。 「あ、ねえ。この問題わかる?」 「ああ、これならこの公式を使って……」  さすがに進学校に在籍しているだけあって千里くんは賢い。僕がした質問も参考書や教科書なしにすらすらと解いて見せる。僕が躓いていたところもすぐに探り当て、必要ならば中学の学習内容にさかのぼって解説してくれる。僕だって勉強が全然出来ない方ではないけど、それでも本当に賢い人はすごいなあと感心しきりだ。 「あれ~、二人ともとも宿題してんの?」  厨房から出てきた蓮さんと蒼佑(そうすけ)さんが座敷の僕たちに向かって声を掛けた。 「お疲れ様です」 「凪くんもお疲れ~外めっちゃ暑かった~」  二人はさっきまでばあちゃんと一緒に買い出しに行ってくれていたのだ。片手に持っているラムネの瓶は、ばあちゃんからの差し入れだろう。 「宿題やってんの見ると、高校生だな~って感じするよな」  座敷に上がってきた蓮さんは、僕たちの手元を見て、感慨深そうに言った。 「蓮は高校生のときも、宿題やってなかったけどねぇ」  蒼佑さんがのんびりと言って、蓮さんが「はあ~?」と突っかかっていく。 「ちゃんとやってましたけど~?」 「俺の宿題丸写しにしてただけでしょ」 「あっ、そういえばそうだったっけ」  わはは、と蓮さんが誤魔化し笑いをする。  そんな二人のやりとりが面白くて思わずふきだしてしまった。二人はいつもこの調子で、僕は笑わされっぱなしなのだ。 「あ、そういえば、大学は宿題ってないんですか?」  僕の質問に、蓮さんは眉をよせながら答えた。 「あ~……あるっちゃあるよ。スケッチ五枚と語学のレポートと、建物の写真と設計図書くやつ……」 「結構あるんですねえ」 「学部によって違うかも。蓮は建築学科だからけっこう宿題あるけど、俺は経営学部だからひとつもない」  余裕の笑みを浮かべて蒼佑さんが言う。 「ずり~よなぁ~。宿題が一個もないなんて」 「しょうがないだろ、自分で選んだ学部なんだから」  口を尖らせた蓮さんに、千里くんが冷静に突っ込む。 「あ~そんなこと言って! えらそうな千里くんには宿題が無限に増える魔法をかけてやろう」 「うわ、やめろ、ひっつくなって」 「こら蓮、やめなさい」  楽しそうにじゃれ合う三人を眺めながら、僕はへえと感心した。  蓮さんと蒼佑さんは同じ大学に通っていると聞いてはいたが、何の学部なのかは知らなかった。というか、大学というものにどんな学部があるのかさえも僕はよく知らないのだった。  毎年叔父さんのペンションに大学生のバイトの人は来ていたが、今年ほどに仲良くなることはなかったのだ。ここまで蓮さんや蒼佑さんと仲良くなれたのは、同じ年の千里くんという存在がいるからだろう。 「さ、そろそろ行こうか。凪くんたちの勉強の邪魔はしたくないし」 「あ~、そうだな」  蓮さんと蒼佑さんが立ち上がる。僕は二人に「お疲れさまでした」と頭を下げた。 「また明日ね、凪くん」  にっこり笑って蓮さんが手を振ってくれる。それに手を振り返し、海の家を出て叔父さんのペンションへ続く道を上っていく二人の背中を目で追った。  ふたりは何を話しているのか、蓮さんが蒼佑さんの肩に負ぶさったり、蒼佑さんが嫌そうな顔で蓮さんの振り払ったり……じゃれ合いながら歩いていく姿はとても楽しそうだ。 「蓮さんと蒼佑さんって仲いいよね。幼馴染で大学まで一緒なんてすごいよね」 「まあ喧嘩ばっかりだけどな」 「確かに」  くすっと笑ってしまった。きっと大学でもふたりはこの調子なのだろうと想像がつく。

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