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第7話①

 病院の廊下は、冷房が効きすぎているのか妙にひんやりしていた。  救急車でこの病院に運ばれてから一時間は経つだろうか。ばあちゃんはまだ処置室から出てこない。ときおり看護師さんが出入りしているが、詳しいことを聞き出すことは出来ず、僕は緊急外来の待合室の椅子に座り、細かく震える手を握り締めることしか出来なかった。 「凪!」  その声に顔を上げると、廊下の先から豊叔父さんが小走りでやってくるのが見えた。後ろには千里くんもいる。 「ばあちゃんの容体は?」  叔父さんに聞かれ、僕は「わからない」と首を振った。 「厨房で倒れてたんだ。いくら名前呼んでも返事してくれなくて、真っ青な顔してて、身体も冷たくて……僕……僕……」 「わかったよ凪、……わかったから」  叔父さんが僕の震える肩を擦ってくれた。しばらく肩や背中を優しくさすったり叩いたりしてくれた後、僕の顔を覗き込んでくる。 「大丈夫だ。きっと大丈夫に決まっている。あんなに口が減らないばあちゃんだぞ? ああいうのはしぶといって、昔から決まってんだよ」  な? と叔父さんは笑顔で言う。僕は小さく頷いた。 「……うん」  不安が小さくなったわけではない。でも叔父さんの言葉で、すこしだけ俯いた顔を上げることが出来た。  叔父さんは笑顔で僕を励ましてくれたけど、叔父さんだって不安で怖いに決まっている。きっと内心では気が気ではないはずだ。椅子にも腰かけず、立ったままで処置室の扉を見つめている叔父さんの姿を見て、僕はそう思った。 「凪……」 「……千里くん。来てくれたんだね……」 「……ああ」  千里くんが隣に腰かけた。僕の背中に手を当てて、そっと気遣うように擦ってくれる。  千里くんの手が優しくて温かくて、呼吸が楽になったような気がした。千里くんの方を見あげると、やさしく頷いてくれる。 「大丈夫だよ」 「うん」  今度はしっかり頷くことが出来た。  刻々と時間は過ぎていく。  いつのまにか扉一枚向こうは静まり返っていた。人の話し声も低く聞こえてくる。  息を詰めて見つめていると、目の前の扉が開いて眼鏡をかけた白衣姿の中年の男の人が出てきた。おもわず僕は立ち上がった。 「天ケ瀬美千代さんのご家族の方ですか?」  医師は叔父さんと僕、千里くんを順に見ながら訪ねる。「はい、そうです」と焦った様子で叔父さんが答える。 「美千代さんの容体は落ち着いています。軽い心臓の発作が出たようですが、命に別状はありません」  その言葉に、身体中の張り詰めていたものが、ゆっくりと抜けていく。 「ああ……良かった……」  呟いた瞬間、足から力が抜けしゃがみ込んでしまいそうになった。隣の千里くんが支えてくれなかったら、僕は廊下に座り込んでいたことだろう。  腑抜けた僕のかわりに、「ありがとうございます」と叔父さんが何度も頭を下げる。 「詳しいことを説明するので、ご家族の方はこちらに……」  医師に促され、叔父さんが僕の方に振り向いた。千里くんに支えられてなんとか立っている状態の僕に目を丸くし、ふっと笑いを漏らした。 「俺が説明を聞いてくるから、凪はここにいな。千里くん、よろしくな」  叔父さんは優しい声でそう言うと、医師といっしょに廊下の先へと消えていった。静かな廊下に僕と千里くんだけが残られる。 「……腰抜けるの、二回目だね」 「だな……」  僕は千里くんに支えられ、なんとか椅子に座った。隣に千里くんが腰かける。

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