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第8話①
ばあちゃんはしばらくの間、病院に入院することになった。医師からは「無理をしなければ、過度な心配は不要」との説明を受けているが、それでも一定期間は安静・経過観察が必要らしい。
合わせて海の家の方は、ばあちゃんが戻ってくるまでは一時的にお休み。そのあいだ僕は、豊叔父さんのペンションの手伝いに入らせて貰えることになった。
昼間はペンションで働き、午後からばあちゃんの病院へとバスで向かい、帰ってきてまたペンションの手伝いをするという生活だ。
ちなみに高校生の僕が一人で家にいるのは防犯上よくないからという理由で、叔父さんのペンションに寝泊まりさせてもらえることになった。しかも千里くんと一緒の部屋。
初めの数日はばあちゃんのことが心配で仕方なかった僕だが、豊叔父さんや千里くん、蓮さんや蒼佑さんの気遣いと励ましのおかげで、徐々にこの生活にも慣れつつある。
「うぅ~、疲れた」
二つのシングルベッドが両側の壁に沿って置かれたペンションの中の一室。僕は唸り声をあげながら、右のベッドにダイブした。
「今日も足がパンパンだよ~」
左のベッドに腰かけた千里くんが、ベッドにごろごろ転がって呻く僕を見て言う。
「このバイトは体力勝負なとこがあるからな」
「なんか余裕そう。なんで?」
「まあそれは、先輩ですし?」
「二週間だけでしょ」
僕が口をとがらせると、千里くんは「ははは」と笑った。
千里くんの言葉の通り、ペンションの仕事は体力勝負だ。
客室や廊下、食堂、浴室などの掃除は暑くて大変だし、毎日大量に出るシーツやタオル類などの洗濯も灼熱の炎天下での作業になるので、はっきりいってめちゃめちゃキツイ。冷房の効いた海の家の中で働く方が数倍も楽だ。
ただとても良かったこともある。海の家の手伝いに割り振られていた昼どきの数時間は、自由時間として与えてもらえることになったのだ。
僕たちは蓮さんと蒼佑さんの運転する車で、海沿いのレストランにご飯を食べに行ったり、少し足を延ばして近くの観光地に行ってご当地アイスを食べたり……。
この前はみんなでバッティングセンターにも行った。僕は初めてで一回も当たらずだったけど、その代わりに蒼佑さんが内緒だよ、と僕だけに販売機のアイスをおごってくれた。でも蓮さんに見つかって、騒いでいるうちに千里くんにも見つかって、結局蒼佑さんは三人みんなにアイスをおごることになってしまったのだ。
楽しかった時間を思い出すと、つい思い出し笑いが出てしまう。
「何笑ってんだ?」
千里くんが両方の耳から銀色のピアスを外しながら、僕を怪訝そうに見た。
「……いや、大変だけど、毎日楽しいなって」
今までは海の家の手伝いに明け暮れていたので、こんなふうに夏休みを満喫するのは初めてのことだ。
それに、千里くんとの時間も増えた。
一緒に宿題をしたり、早朝の誰もいない浜辺を散歩したり。それにこうして、一日の終わりには二人部屋でゆっくりと話をする時間まである。
遠くから響いてくる潮騒の音に耳を傾けながら取りとめもない話を千里くんとする時間は、一日の中でも一番の楽しみだ。
「なんか最近思うんだよね。世界って広いんだなって」
早々と布団にもぐり込み寝る体制に入りながら、僕は小さな声で話続ける。
「きっと僕の知らない世界がもっとたくさんあるんだろうな……」
話しながら、ふわ、とあくびが出てきた。
「電気消すか?」
「ううん、もうちょっとおしゃべりしたい。駄目?」
「……駄目じゃねえよ」
千里くんがふっと目を細めて微笑んだ。綺麗な形に切れ上がった二重瞼の、目尻側がほんの少し下がる。そうすると一気に甘やかな雰囲気が目元のあたりに漂い、僕はいつも目が離せなくなってしまうのだ。
(なんだろう、この感じ……)
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