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第11話②
「蓮さん……」
蓮さんはにこりと笑うと、「隣いいよね?」と言って、僕の返事も待たずに隣に腰をおろした。
「どしたのさ、そんなにしょげて」
「いえ、そんなことは」
首を振りながら、それ以上の否定の言葉を紡ぐことは出来ない。そんな僕の様子を見て、蓮さんは小さく笑った。
「千里が女の子と仲良くしてるから、心配?」
「えっ」
僕は目を見開いた。蓮さんがにやりと笑って僕の顔を覗き込んでくる。
「嫉妬してるんでしょ」
「し……しっと、って」
動揺して声が裏がった。そんな僕にも構わず、蓮さんはさらに追い討ちをかけてきた。
「凪くんは、千里のことが好きなんでしょ?」
蓮さんの言葉に、さぁっと背筋が冷えた。冷や汗が背中を伝う。
(嘘、バレた? なんで……? どうして……)
僕は慌てて首を振った。
「……ち、違う……」
「誤魔化さなくたっていいよ。見てたらわかるもん。ずっと千里のこと目で追ってるし、あのキーホルダー眺めてる顔だって。あれ、完全に恋してる顔でしょ」
蓮さんは楽しそうに笑ったけど、僕は笑えるはずもなかった。
自分の気持ちを他人に見透かされたということに恥ずかしさと恐怖がごちゃまぜになって、気が付くと僕の口からは悲鳴のような声が出ていた。
「言わないでください……っ」
「え?」
「千里くんには言わないでください! お願いします。知られたくないんです。軽蔑されたくない!」
知られたらきっと千里くんに嫌われてしまう。男の僕が、男の千里くんを好きだなんておかしなことなのに……!
必死で声を絞り出す僕を、蓮さんは驚いたような目で見ている。
「……え? 凪くんと千里、いい感じに見えたんだけど……違うの?」
「え?」
なんのことだかわからない。今度は僕が驚きに目を瞬く番だった。
「凪くんは千里のこと好きなんでしょ? 千里も凪くんのことが好きだと思ってたんだけど」
「そっ……そんなわけない! 違います! って僕はそうだけど、千里くんには好きな女の子がいるみたいだし」
「え、そうなの?」
「そうですよ。それに僕たちは男同士です。千里くんが僕を好きだなんて、そんなこと天地がひっくり返ってもあるわけない……」
自分の言葉が自分の言葉に傷つき、僕は唇を噛んだ。そんな僕を蓮さんは茫然と見つめていたが、やがて小さな声で「そっか……」とポツリと言った。
「あのね、安心していいよ。俺、誰にも言わない」
顔を上げると、蓮さんは見たことのないほどに真剣な顔をしていた。
「だって、俺も同じだから」
「同じ?」
「俺、蒼佑のことが好きなんだ」
思いもよらない言葉だった。
「え……?」
目を見開いて驚愕する僕を見て、蓮さんが静かに微笑む。
「蒼佑とは小学生の頃に初めて会って、ずっと一緒に居たらいつのまにか好きになってた。でも蒼佑には普通に彼女がいてさ。それでも一緒に居たいから、勉強がんばって一緒の大学入って……でも、全然振り向いてくれないんだよね」
そう言って笑う蓮さんの口調は、いつもの明るい彼を思い出すことが出来ないくらいに静かで落ち着いたものだった。
「蒼佑って優しいけど生真面目だし鈍いとこあるから、俺の気持ち自体に全然気づいてないのか、それとも気づいてて気づかないふりしてるのか……どっちかわかんないけどね」
「え、それじゃ蓮さんが、色んな人に声かけたりナンパみたいなことするのって……」
「蒼佑の気を引きたくてやってるだけ。バカでしょ」
蓮さんの笑いは寂しげだった。言葉が出ない。初めて知る蓮さんの心の内側の寂しさが伝わってきて、息が詰まる。
「好きだけど……好きだからこそつらいよね」
「……はい」
頷くと同時に、ぶわっと涙があふれてきた。
僕の悲しさとやりきれなさと、蓮さんの寂しさと切なさが共鳴して、何倍にも膨れ上がってしまったかのようだった。
嗚咽をこらえきれず、僕は両手で顔を覆った。
どうして僕たちは同性を好きになってしまったのだろう。
どうして好きな相手の性を選ぶことが出来なかったのだろう。
僕も蓮さんも、女の子を好きになったのなら楽だったのに。
「……凪!」
ふいに千里くんの声が響いた。
顔を上げると、花火の煙の向こうから千里くんがこちらへ走ってくるところだった。
「凪、どうした!? え、泣いてる……?」
千里くんは慌てた様子で僕の顔をのぞき込もうとしたが、その前に蓮さんがすっと立ち上がり、千里くんに立ち塞がった。
突然の蓮さんの行動に僕も驚いたけど、千里くんも驚いたようだった。
「蓮?」
と、千里くんが怪訝な顔をする。
蓮さんはじっと千里くんの顔を眺めていたが、急に破顔した。
「お前に心配する資格はありませーん!」
「え?」
「っていうか大丈夫! 凪ちゃんには俺がついてるから! 千里は友達のとこ戻ったらぁ?」
おどけた口調だったけど、その声音には棘があった。千里くんの目も険しくなっていく。
「蓮、何言ってんだ?」
千里くんの問いには答えず、蓮さんは僕の手を握った。
「行こう、凪くん」
こちらに向かって優しく微笑む蓮さんの顔を見て、僕は気が付いた。
(蓮さん……庇ってくれてるんだ……)
僕はありがたく蓮さんの好意に甘えることにした。
このままここにいるのは辛かった。楽しそうな千里くんを見るのも、千里くんにこんな情けない顔を見られるのも。
僕は「はい」と頷き、蓮さんの手をぎゅっと握りかえした。
「千里くん、ごめん……僕、先に部屋に戻ってるね」
「凪――」
千里くんが何かを言いかけたが、もう千里くんの顔を見る勇気が僕にはなかった。
僕はもう一度小さな声で「ごめん」と謝ると、蓮さんに手を引かれるままペンションの中へと入った。
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