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第12話②

***  「んで蒼佑のやつさ、元カノと連絡取ってたんだよ!」 「え、本当ですか?」 「ほんとなんだよ~。夜によく電話かかってくんの。別れて一年も経つんだよ? 今さらなんで~!? って感じだよ」  ペンションの仕事も終えて、各自風呂も済ませてあとは寝るだけというリラックスタイム。ペンションの玄関テラス横の木製のベンチに腰掛けた蓮さんが、いらだったように両手で髪の毛をかき乱す。隣に座った僕は、「そうですよね」と相槌を打った。 「はぁ……。ごめんな、俺だけしゃべって。凪だっていろいろ大変なのに」 「いえ、全然です。大丈夫ですよ」  千里くんと時間が無くなって、僕はここ数日蓮さんと過ごすことが多くなった。落ち込んでいる僕を心配してくれて、蓮さんが「ちょっと話さねえ?」と声を掛けてきてくれたのだ。  ふさぎこんで暗い気分で過ごしていたので、蓮さんの明るさに救われている。くだらないことで笑い合うひと時は楽しいし、それに千里くんのことを考えずに済むことは、今の僕にとっても救いだった。  「んじゃ次は凪の番ね! はい、何か喋って!」 「えっ、急に何か喋ってって言われても……」  何かといわれても、思いつかない。いや、ひとつあった。 「それじゃ質問でもいいですか? 蓮さんに聞いてみたいことがあって」 「うん、もちろん」  僕は蓮さんの顔を伺いながら、小さな声で聞く。 「あの……蓮さんは、蒼佑さんを好きになったとき、怖くなったりしなかったんですか?」  蓮さんはぱちくりと目を瞬いた。 「僕……今まで、普通に女の子のことを可愛いなって思ってたんです。だけど男の千里くんのことを好きになって、自分はそういう人間だったのか気が付いたとき、やっぱりショックだった。こうして蓮さんがそばにいてくれなかったら、千里くんへの気持ちも認めることが出来なかったと思うんです。……えっと、だから、僕は蓮さんに感謝していて……。でも蓮さんのときはどうだったのかなぁって」  僕の話を相槌を打って聞いてくれていた蓮さんは「う~ん」と考え込んだ。 「確かに蒼佑のことが好きなんだって気が付いたときはどうしていいかわからなかったよ。自分の気持ちをずっと否定してたし、認めたくなかった。でも誰かを好きになる気持ちって、自分でもどうしようもないじゃない。だから認めるしかなかってっていうか……」  静かに淡々と話をする蓮さんの横顔を見ながら、僕は思った。  蓮さんがこの結論までたどり着くまでに、きっと長い時間がかかったのだろう。悩み苦しみながら、蓮さんが蓮さんなりに掴んだ結論だ。 「まあでも……俺の場合は蒼佑が初恋だから、自分がゲイなのかどうかはよくわからないけどね」 「……僕も同じです」 「あ、千里が初恋?」 「はい。でも僕の場合は千里くんに失恋してるし……。この次に好きになるのが男の人なのか女の人なのかはわからないですけど、しばらくはもういいや」 「えーっ、そんなこと言わず、次に向けてガツガツ行こうよ!」 「ええ……ガツガツって、蓮さん……」  玄関のドアが唐突に開いたのはそんなときだった。  出てきたのは千里くんだった。突然現れた彼の姿に、反射的に身体が緊張する。声が出ない僕の代わりに、蓮さんが千里くんに声を掛けた。 「あれ、千里? どうしたの?」 「ああ……ちょっとな」  千里くんはベンチの方まで歩いてくると、僕の前に立った。  玄関ポーチの照明に照らされた千里くんの表情は、あからさまに険しかった。ぎゅっと眉間にしわを寄せて、僕のことをじっと見つめている。 「凪、ちょっといいか?」 「……っ」  咄嗟にうつむいてしまった。だって、千里くんの顔があまりにも怖かったのだ。  僕の避けるような行動に、目の前の千里くんの雰囲気がぴりっと張り詰めたのが分かった。 (ど、どうしよう……蓮さん……何か言ってくれないかな)  助け舟を期待して、僕は俯いた姿勢のままちらっと横の蓮さんの方に視線をやった。だけど、蓮さんはいきなり立ち上がると言った。 「俺、先に中に入ってるわ……」 「えっ」  咄嗟に行こうとしている蓮さんの服を掴んでしまった。 「……凪……」  服を引っ張られた蓮さんが振りかえり、苦笑した。そして僕が掴んだ指を上からぎゅっと握り、励ますように軽く振る。  それが、「がんばれ」とでも言っているようで。僕は去っていく蓮さんを黙って見送るしかなかった。  後には僕と千里くん、そして重い沈黙が残される。 「隣、いいか?」 「う、うん……」  千里くんがすとんと隣に腰を下ろす。  ベンチに並んで座ったが、千里くんは何も言わない。どんどん沈黙が重くなっていく。僕はどうしたらいいかわからずに深く俯き、膝の上で拳を握った。 「……俺、お前に何かしたか?」  静かな低い声だった。ストレートで核心を突いた問いに、一気に身体が緊張した。口の中がカラカラに干上がってくる。 「……別に、なにも、してないよ」  かろうじて声が出たが、震えてしまっていた。 「じゃあ、なんで避けるんだよ」 「……避けてなんか」 「じゃあ、なんでこっちを見ないんだ?」  千里くんの声が一段と鋭くなった。  びくっと肩を揺れてしまう。千里くんが舌打ちをした。 「俺のこと、気持ち悪いのか?」 「……え?」   意味がわからないことを言われ、僕は顔を上げる。  正面から目が合いどきりとした。  千里くんは、僕のことを睨むような眸の強さで見つめていた。瞳の中には、温度の高い炎のようなものがちらちらと見え隠れしている。 「俺の気持ちは迷惑か? ……それとも、アイツのことが――蓮のことが好きなのか?」  全く意味が分からない。 (なんで蓮さんが出てくるの? 蓮さんのことが好きなのか……ってどういうこと?)  驚き、僕は混乱したまま口を開こうとした。 「蓮さんのことは好きだけど、それって――」  どういう意味? と聞こうとした声は、最後まで言葉にならなかった。千里くんが、急に僕の顎を掴んできたのだ。  顔をぐいっと引きあがられる。  次の瞬間、視界一杯に千里くんの顔が広がった。唇に感じる温かさと柔らかい感触。   ――――え?  キスされている――と気が付くには時間がかかった。  気が付いた瞬間、心臓が爆ぜそうなほどに脈打った。 「っ…………やだっ」  僕の手が、勝手に千里くんを突き飛ばした。  ぐらりとバランスを崩した千里くんが後ろに倒れ込む。  僕は震える手を唇に当てた。 「え……? 何、今の……」  まともに思考が働かない。衝撃で頭が真っ白だった。  千里くんは唇を噛んでうつむいていたが、静かに立ち上がる。 「悪かった……」   千里くんはそう言い残すと、海岸のほうへと足早に歩いて行ってしまった。  僕はしばらくの間動けなかった。  キス、された。  信じられない。どうしてキスなんか。  もう一度指で自分の唇に触れる。その感触を感じたとき、まるで取り返しのできないことをしでかしてしまったかのような罪悪感と恐怖が湧き上がってきた。  身体が細かく震えだす。 (こんなの……駄目だ……)  男同士でキスをするのは、普通じゃない。正しいことじゃない。 (これ以上千里くんの側にいるのは無理だ。離れないと……)  僕は混乱した頭のまま、よろよろとベンチから立ち上がった。

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