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第13話②

***  ちりん、と縁側に吊るした風鈴が鳴る。僕は日の暮れかけた縁側に腰掛け、抜け殻のようにぼんやりしていた。  傾いた夕方の日差しが庭木を金色に染め、ヒグラシの鳴き声が遠くから響いてくる。 『――自分の心の声をお聞き』  その言葉は、ばあちゃんの病室を出ても、自分の家に帰ってきても、一晩経ってみても、耳から離れることはなかった。   (僕はどうすればいいんだろう……)  僕は千里くんが好き。  でも僕も千里くんも男。男が男を好きになるなんて変だ。正しい形の恋愛じゃない。  諦めるしかないのはわかっている。なにより数日で千里くんは地元に帰ってしまう。そうしたら、もう会うことはないだろう。  それならば、せめて彼の中で綺麗な思い出になりたい。笑顔でさよならを言って別れたい。それが今の僕の出来ることだ。  何度も辿り着いた結論なのに、そう考えるたびに僕の心は軋むかのように痛みを訴えかけてくる。  僕はどうしたらいいんだろう。僕の心は、本当はどうしたいんだろう。  悩み疲れ大きな息をついて顔を上げると、縁側に面した庭の生け垣の向こうを、誰かがうろうろしているのが見えた。薄闇でもわかる、綺麗なミルクティー色の髪の毛の頭。 (もしかして、あれって蓮さん……?)  縁側にあったサンダルをはき、門から外を覗くと、そこにいたのはやはり蓮さんだった。 「蓮さん……?」 「あ、凪~ッ」  家の前の細い砂利道を、蓮さんはほっとしたような顔つきで駆け寄ってきた。 「あ~良かった! 前に場所聞いたことあるから楽勝で行けると思ったけど、どこが凪んちだかいまいちわかんなくてさ! 迷子になるとこだった」 「え……? どうして蓮さんがここに?」 「『どうしてここに』じゃないだろうが~。なんだよ、挨拶もなしにいきなりいなくなりやがって。電話しても出ないし」  ぷんぷんと形容できるような顔つきで、蓮さんが言う。 「それは……ごめんなさい」   蓮さんの言うとおり、いきなり荷物を引き払って、何も言わずに逃げるように豊叔父さんのペンションを出てきてしまったのは事実だ。蓮さんから何度も電話があったのに折り返しもせずに放置もしていた。それは自分の気持ちに整理がつかず、何を聞かれても答えることが出来ないと思ったからだ。  蓮さんはしばらく僕の顔を眺めていたが、仕方ないな、というように苦笑した。 「とりあえず、こんなところで立ち話するのも落ち着かないから、入ってもいいよね?」

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